77.ギルドの依頼
敗北。
これは紛れも無い事実であり、レウスから離れて彼の目の前で立ち上がり、手に持ったロングソードを鞘にしまい込んだソランジュの方がレウスより強かった。
この事実が目の前で起こった事に対して、アレットもエルザも驚きを隠せない。
五百年前のドラゴン討伐の勇者アークトゥルスが、ぽっと出のこんな若い女に負けてしまうなんて。
「ちょ、ちょっと……何で負けてんだよ?」
「そうよ……もっとしっかりしてよレウス! 魔術の使用は無しってルールにしたからって、貴方の実力はこんなものじゃないでしょ!?」
しかし、レウスは首を横に振ってこの一言だけを伝える。
「俺だって一人の人間だ。ミスもするし負ける事だってあるんだ。逆にそこまで期待されるのは昔を思い出してしまうから止めてくれないか……」
そう言われてしまうと、アレットもエルザも何も言えなくなってしまう。
幾らマウデル騎士学院トップのエルザに手合わせで勝利したとしても、騎士学院の授業で五人相手に勝ったとしても、騎士団長ギルベルトに勝ったとしても。
更に今は薬のせいで使えなくなっているものの、学院を襲撃して来たドラゴンを一撃で粉砕するだけの強力な魔術が使えるとしても。
この結果で言えば、レウスはソランジュに負けてしまった。その事実は変えられないのだ。
そして勝利した側のソランジュは、満足そうな笑みを浮かべてレウスに手を差し出す。
「これで仲間入りが決定したな。よろしく、レウス」
「……ああ、分かった。お前はかなり強いよ」
ソランジュの手を取って立ち上がり、レウスは彼女の仲間入りを認める。
しかし、彼女の境遇を聞いていてこれだけは確認しておかなければならない。
「でも俺にこうして着いて来るってなると、俺の身の回りは女だけになってしまうぞ? お前のご主人様がやっていたみたいな、ハーレム状態の中での旅になってしまうけどそれで良いのか?」
しかし、そんなレウスの心配は無用だったらしい。
「今回は無理矢理ハーレムに組み込まれた訳じゃない。私がお主達に頼み込んで着いて行くって合意の上でのハーレム状態だからな。だから何も問題は無い。逆にそちらとしては何か問題があるのか?」
「問題って言うか……レウスを無理矢理戦いに巻き込んだ過去があるから貴女の事を余り好きになれないのよねー、私は」
「私もアレットと同じだ。しばらくは様子見をさせて貰うぞ」
「分かった。このソランジュ・ジョージ・グランもいっぱしの戦士だからな。もうこれ以上無理に戦いに巻き込むつもりは無いと約束しよう」
「……まあ良いや。とにかく手合わせも終わったし、着いて来るって決まった以上今は何も言わない。それよりも早くランダリルに向かわないとな」
長期出張でランダリルに向かった、ソランジュの元主人と連絡が取れなくなっていると言う事実が、この一行をそのランダリルに向かわせる切っ掛けになっている。
しかし現実は厳しいもので、誘拐されてこの国に来てしまった上にリーフォセリア王国にも戻る事が出来ないとなれば、食い扶持は自分で稼がなければならない。
なので一行はランダリルに向けて出発する前に、このベルフォルテの港町に存在している冒険者ギルドへと向かった。
レウスは一応冒険者としてギルドへの登録は済ませているものの、勤めていた飲食店をクビになった時の為に登録していただけなので、まさかこんな形で世話になるなんて思ってもみなかった。
実際の話、ランクだのなんだのと言うギルド登録時の簡単な説明もすっかり忘れてしまっているので、ギルドへの道のりで改めてソランジュから説明を受ける。
「冒険者ギルドにはランクと言うものがあって、そのランクによって受けられる依頼内容が変わるんだ。上から順番にS、A、B、C、D、Eランクまであって、初めて登録する場合は勿論Eランクからスタートだ。お主は登録だけはしているが、実際に冒険者として依頼をこなした事は無いのだろう?」
「そうだな。俺はずっと飲食店で働いていたから」
「ならEランクからスタートだ。お主達はどうなんだ?」
「私達は二人ともCランクを持っているわ」
「そうか。ならある程度の依頼は受けられるが……ランダリルに急ぐんだったら戦い系の依頼は避けて、なるべくランダリル方面への届け物をする様な依頼を受けよう。場合によっては交通費も負担してくれる依頼主が居たりするからな」
恥ずかしい話ではあるが、交通費を負担してくれる依頼主なら本当に都合が良い。
しかし現実はそうそう甘くは無かった。
「えーっと、Eランクの俺が受けられる依頼は……港の仕分けの手伝いとかの雑用ばっかりだな」
「Cランクの私達だと、丁度このタイミングであるのが近場の平原の魔物討伐に魔術の実験の手伝い……うーむ、となるとかなり受けられる依頼が限られて来てしまうだろうな。貴様はとりあえず雑用をこなして、私達は三人で魔物退治に向かって旅の路銀を稼ぐしか無さそうだ」
ランクの問題や依頼内容の問題で、世の中は決して甘くない事を痛感させられる一行だった。




