793.裏切りと手助けと
「ここに居た理由は簡単だ。私は復讐の為に世界中を回っていたんだ」
「えっ……」
『いきなり重苦しい話題だな。俺様達がこれからぶっ壊しに行く予定の砲台でぶっ壊されちまった、あんたの国の首都のシロッコを放っておいてか?』
「それを踏まえた上での話だ!!」
そう言うトリスティは、レウス達と向いている方向がどうやら同じらしいと分かった。
「私は当初、確かに自分の放浪癖が出て国外へと足を向けた。最初は南から向かったソルイールに入国し、それからリーフォセリアに向かい、更にルリスウェンへ。そしてエレデラムに入って、西へ向かってエスヴァリークへ。だがその時、私のシルヴェン王国が砲撃を受けて壊滅したって話を聞いたんだ」
「町の噂でですか?」
「えーと……闘技場に立ち寄った時に出会ったセバクターって男から話を聞いたよ」
「えっ、セバクターですか!?」
「懐かしい名前だな」
まさかの人物の名前が出て来たので、特に関わりの深いアレットとエルザが反応する。
それを見て、トリスティの方でもこの人物達がそのセバクターと知り合いなのだと感づいた。
「どうやらあの男とは知り合いみたいだな?」
「ええ。俺達の属しているマウデル騎士学院の卒業生です。それでそのセバクターは他に何か言ってませんでしたか?」
「いいや、それ以外は特に何も。ただ……王都のシロッコが砲撃されたと聞いた私は、ヴァーンイレス経由で急いで帰ろうとしたんだ。だけどその途中で思わぬ邪魔にあってしまった」
「邪魔?」
「そうなんだよ。私はさっきからそこに居る、その二人に邪魔されたんだ!!」
そう言いながら二人を指差すトリスティ。
そして問題の指名された二人は、コルネールとアーシアだったのである。
まさかこんな場所でこんな形で意外な人物が指差されると思っていなかった全員が驚くが、その「全員」の中にコルネールとアーシアは含まれていなかった。
それどころか、コルネールは苦々しい顔つきになりアーシアは溜め息を吐いた。
「……ったく、あの時に崖下に突き落としたのにまだ生きてやがったのかよ」
「こんな事なら、完全に息の根を止めたのを確認しておくべきだったわね」
「えっ、え……どう言う事だい?」
「こっそりと誰かに通話していたみたいだが、やっぱりお主達はこっちの味方だと思わせていたって訳だな」
まだ状況を理解出来ていない村長のボルドに対し、不審な通話をしていたコルネールとその相棒のアーシアがこの件に絡んでいるのだと確信したソランジュがそう問い詰めれば、恐ろしい位にあっさりとその事実を認める傭兵の二人。
「敵を騙すにはまず味方って言っていたけど、結局私達の事を裏切りっ放しだったって訳!?」
「ってか、俺もアーシアもそもそもこっちの味方じゃねえし。カシュラーゼから送り込まれたスパイさ」
「あんなに見える場所でこっそりと何処かに連絡なんかしていたら、それこそカシュラーゼとまだ繋がっているって見られてもおかしくないよな」
少しはこの二人が本当に仲間だと思っていたので絶望するサイカに対し、当たり前だと言わんばかりのトーンでそう答えるコルネール。
そしてその彼の発言を聞き、呆れた様な口調で呟くアニータ。
しかし、このままこの二人を逃がしてしまったらせっかく立てた砲台破壊計画が全てパーになってしまうので、ここで二人とも捕まえるべくレウス達が動き出した。
「ここでお前達を逃がす訳にはいかないんだよ」
「ふふふ……こっちだって、コルネールと一緒にそっちの砲台破壊計画を聞いてしまった以上、それをカシュラーゼに伝える義務があるのよっ!!」
そう言いながら、アーシアはズボンのポケットに手を入れてそこから取り出した黒い魔晶石を床に思いっ切り叩き付ける。
その瞬間、以前湖のそばでブローディ盗賊団のリーダーであるフランコが使っていたものと同じ、紫の煙が勢い良く飛び出して家の中に充満する。
「ブハッ!?」
「うわ、くそっ……」
「じゃあね!!」
「くっ……う、ああああああっ!!」
あの時と同じく、身体に状態異常をもたらすこの紫の毒の煙。
これを吸い込んでしまったら、幾ら魔術防壁を張っていたとしてもまともに動けなくなってしまうのを、あの時それこそブローディにこれを使われてしまったレウスも知っている。
だからこそこうして一緒に他のメンバーも吸い込んでしまっている中で、あの二人を逃がすまいと動き出すのだが、それよりも先に動いていた人物が居た。
「ぐあっ!?」
「ぎゃっ!!」
(ん……?)
なるべく体勢を低くして煙を吸い込まない様にしていたレウスの耳に、コルネールとアーシアの悲鳴が聞こえて来たのだ。
外に逃げて行ったので、その声が外から聞こえるのは当たり前と言えば当たり前。
しかし一体何がどうなっているのか?
その答えを知るのは、聞き覚えのある声の主が家の中に向かって大声で叫んで来たからだ。
「おいおまえ等っ、全員さっさと家の中から出ろ!! 煙を吸い込んだら気分が悪くなるぜ!!」
その声は紛れも無く、この村の若者である狼獣人ガレディのものだった。