792.実戦経験の差
「どうだ?」
『ちょっとまだ分からないわね。かなりの怪我をしているみたいで、意識を取り戻すまでには時間が掛かりそうよ』
レウス達と南の村長の家で初対面となった、その若い男は今でもまだ昏睡状態が続いているらしく、今の状態で事情を聞き出すにはまず意識を取り戻させないとダメらしい。
「レウス、何とかならないの?」
「俺に言われても困るよ。トリストラムとかだったら何とかなったかも知れないけど、回復魔術とかを掛け続けてもダメなら後は本人の気力と体力の問題でしか無いんだよな」
『残念だけど、この人の言う通りよ。とりあえず今は回復魔術を掛け続けて、意識が戻るのを待つしか無いわよ』
神であるアンフェレイアにまでそう言われたら、自分達としては待つしか無い。
とりあえずレウスとアレットがその初対面の国王に回復魔術を掛けながら治療をしている一方で、残りのメンバーは大砲の場所を世界地図に描き込んで何処から破壊して行くかを考えておく。
それと同時に、コルネールとアーシア以外のメンバーはその二人の動向についても注目しておく。
(やっぱり、私達の目の前じゃあ全然怪しい素振りを見せないわね……)
(向こうも私達が目を光らせているって気付いているのかしら?)
時折りチラチラとその二人の方を見ながら、心の中で考えるドリスとティーナのヒルトン姉妹。
その横ではエルザとソランジュの二人が地図に描き込みをしているが、ここで両者の実戦経験の差が表われた。
「違うぞエルザ。こっちのルートから回って行った方が近いだろう」
「そうか?」
「そうだぞ。ここは前に通った事があるから、この位置だとこの道の方が最短距離だ」
アンフェレイア曰く「あれだけ目立つ砲台」が各地にあるのだが、それは神である彼女だからこそ見つけられる。
人間や獣人達にとってはなかなか見つけられない山の中や国の秘境みたいな場所に設置されている砲台に辿り着くには、教本や授業で教わった事なんて一部しか役に立たない。
時として、あえて道を外れる事も重要だと言うのをソランジュがそれまでの旅の経験からルートを練ってエルザに伝授している。
その横からは、同じく実戦経験のあるアニータが補足係として地図に描き込みをしている。
「このルートでも間違いじゃないけど……こっちのルートから回って行った方が早い。こっちには確か観測所か何かが出来たらしいから、結局大回りになってしまうかもね」
「そう、か……」
またその時とは現地の様子が変わっているかも知れないので、ワイバーンで近づけない場所は徒歩で進むしか無い以上、こうして分かる範囲でルートをしっかりと練っておかなければならない。
コルネールとアーシアは今の段階では怪しい行動をしていないので、とりあえず大丈夫かなと思っていたその矢先……。
「ぶるぅああああっ!?」
「うおっとぉ!?」
「きゃああああっ!?」
いきなり家の中に響き渡る三者の声。
その声が聞こえて来たベッドの方へと一斉に向けられる視線の先には、ハァハァと荒い息を吐きながら呆然とした様子で周囲を見渡している若い茶髪の男の姿があったのだ。
そしてその横には、いきなりの事でベッドから起き上がった男と同じく呆然としているレウスとアレットの姿があった。
そして、その空気の中で最初に声を発したのはアーシアだった。
「お、起き……た?」
「えっ、ああ……あの、えー……こっ、ここは何処だ!?」
『気が付いたみたいね。ここはルルトゼルの村の中よ』
それを聞き、男の顔色が蒼白になる。
「るっ、ルルトゼルだって!?」
『そうよ。貴方は南の出入り口の方で行き倒れになっていたの。酷い怪我もしていたみたいだから、緊急処置でここに運び込んだのよ』
そしてこの人達が治療してくれたのよと、レメクの姿になっているアンフェレイアがそう言うものの、今の状況をまだ飲み込めていないのとこの村が人間の立ち入りを禁じているのを知っているらしい男は困惑の表情を浮かべる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ここって確か人間が入れない土地なんじゃあ……」
「そう。だけど貴方が行き倒れていたから特別にこの村に運び込んだんですよ。トリスティ・グレンフォード国王陛下」
「ど、どうして私の名前を……!?」
村長のボルドから自分の名前を言われて、更に困惑が酷くなるトリスティ。
しかし、これ以上困惑されていては話が全然進まないので、とりあえず落ち着いて貰って一つずつ今の状況を頭の中で整理して貰う事にした。
「……って訳です」
「うん……凄い長くなったけど、君達が誰でどうしてここに居て、そして今から何をしようとしているのかが分かった」
「メモも沢山取りましたしね」
ベッドの横に置いてあるサイドテーブルで必死にメモを取り、レウス達の素性から何からをちゃんと理解した風のトリスティ。
しかし問題はここからで、今度はトリスティがあの崩壊した国を放ったらかしにしておきながらここで行き倒れになっていたのか?
その理由次第によってはこの男を袋叩きにするのも辞さない覚悟の一行だったが、彼はそんな気持ちを一気に吹き飛ばしてしまうレベルの話をし出したのである。