784.例の漁村にて
「ぶほっ、すっげえなこの雨は!!」
『だから言っただろーが。まぁ、とりあえず無事に着けたからまずは良しとしようや』
レウスとエンヴィルークは、ようやくこの豪雨の中を抜けてアンリの言っていた例の漁村へと辿り着いていた。
しかし、やはりと言うべきかこんな状況の荒れた天気の中では誰も外に出ていない。
仕方が無いので、ここは人間の姿になったエンヴィルークと一緒に濡れた髪や服を乾かすべく、村の中にある小さな宿屋へと入るレウス。
しかし、そこには既にアンリとギルベルトから連絡を受けたリーフォセリア王国騎士団員達が沢山居たのである。
最初はそのずぶ濡れ状態でやって来た二名の男にギョッとした騎士団員達や宿屋の利用客、それから従業員だったが、レウスが騎士団員達にアンリとギルベルトの名前を出すと一気に緊張感と警戒心が緩んだらしい。
そして与えられた部屋で、レウスとエンヴィルークはギルベルトがやって来るまで騎士団員達から聞いた情報を整理してみる。
「ええっと、ドゥドゥカス陛下は昨日の夜から行方不明。しかも書き置きも残さずに出て行ってしまったらしい」
『その一人で出て行ったってのが気になるんだよなぁ。部下にも何も言わずに出てったってのか?』
「そうらしいんだよ。まぁ……陛下が外に出る事は滅多に無かったから翌朝すぐに気付かれてこうして大捜査網が敷かれているらしいんだけど、夜は何時も通り執務を終えてから自分の寝室に入って行ったらしいんで、恐らくは夜に抜け出してまで北に向かう用事があったんじゃないかって」
『人騒がせにも程があるぜ。せめて一言何をしに行くのか言ってくれれば、それなりに騒ぎにはならなかっただろうによぉ』
だが、レウスはこうも考える。
「でもよぉ、ドゥドゥカス陛下が自分の意志で出て行ったとは言い切れないよな?」
『はっ?』
「だからさ、自分の意志で北に向かったんじゃなくて、誰かに何かを強要されて北に向かわざるを得ない事態になっていたんだとしたら、夜中にこっそり抜け出して何処かに行くってのも考えられるよなって」
『誰かに強要された……?』
「そうだよ。それこそ俺がアンリに夜中に呼び出されてここにやって来た、今の状況みたいな話でさ」
それも確かにあり得る話かも知れないが、こんな夜中に……しかも一国の国王を呼び出せる様な存在なんてそう滅多に居るもんじゃないだろうとエンヴィルークは推理する。
『例えばだぞ? 例えば騎士団長が呼び出されて夜中にこっそり出て行くとかってなら分かるけどよぉ、一国の国王を夜中に呼び出して行動させるなんて話なんか、俺様でも聞いた事は無えぜ?』
「だから俺もそこが引っ掛かってんだよ。それってつまり、呼び出せる立場にある人物がドゥドゥカス陛下を呼び出したって事だろ?」
『じゃあ誰が居るんだよ?』
「それは分からないけど、ドゥドゥカス陛下と同じ位の立場の人物じゃないとこれは厳しいだろうな。例えばあんたに……神のあんたに呼び出されたって言うんであればそりゃあ向かうだろうけど、隣国ルリスウェンの騎士団長であるクリスピンや、あのソルイールのピンク色の髪の騎士団長に呼び出されたって「だったらお前が来いよ」って話になると思うし」
『皇帝や大公が呼んでいます、みたいな嘘をついて呼び出す事だって出来ねえか?』
「それだったらあのドゥドゥカス陛下は真っ先に事実確認をするだろうよ」
いずれにしても、この話は今の段階では全て推測にしか過ぎないので、レウスもエンヴィルークも行き詰まっている状態である。
もっと何か手掛かりがあればと思う二名だが、そんな時に部屋のドアがコンコンとノックされた。
「はい、どなた?」
「俺だよ、ギルベルトだよ」
「えっ……ギルベルト団長!?」
連絡をしてから来るのが幾ら何でも早過ぎないか、と思ってしまうレウス。
だが、そのやって来たギルベルトの疲弊した表情と雨水でぐっしょりと濡れた身体を見てレウスは納得してしまった。
「もしかして、全速力でこの雨の中を?」
「そりゃそーだよ!! だって俺、あの時は砂漠に向かって飛んでたんだもんよ。だけど途中で連絡が入って急いで方向転換して、それでこうやってここまでやって来たんだよ!!」
「だからここに到着するのが早かったんだな」
ギルベルトの説明を聞いて更に納得したレウスだが、そのギルベルトがズボンのポケットに手を入れてゴソゴソと何かを取り出した。
それは銀色に輝くブレスレット。
この男もこんな物を身に着ける趣味があるのか、とレウスは心の中で失礼な事を思ってしまったのだが、それはどうやら違うらしかった。
「あっそうだ、忘れねえ内にこれを」
「これは?」
「陛下が何時も手首に着けていたブレスレットだよ。これが何かの手掛かりになるんじゃねえかと思って。犬の獣人に嗅がせて匂いを辿らせれば、陛下に辿り着けるんじゃねえかと思ってさ」
しかし、それを聞いたレウスが思わぬ事を言い出した。
「だったらよぉ、ここに居るこのおっさんに匂いを嗅いで貰えば良いんじゃねえか?」
『は?』
「このおっさんは確か鼻が利いた筈だから、犬の獣人よりも確実に痕跡を辿る事が出来る筈だぜ」