782.自然現象
その通話相手は、豪雨の中で自分の主君を捜す為にワイバーンで飛び立とうとしていた。
本来なら部下達が血眼になってドゥドゥカスを捜しているので、彼は連絡を待つ立場としてそう易々と動く訳にはいかないのだ。
しかし、彼は熱血漢な性格であるが故に自分が率先して動かなければならない、と思っているのだ。
しかも自分の立場を考えれば、自分の主君が北へと向かって連絡が取れなくなったと言うのは大失態も良い所である。
なので自分が北に向かって捜すべく、自分のワイバーンで飛び立とうと外套を羽織ろうとした時、通話用の魔晶石が突然熱を帯び始めたのだ。
「ああ、誰だよこんな時によぉ!?」
こっちは手が離せないにも程があんだぞ、とキレる彼。
しかしその相手もまた、さっきまでキレていた人物であった。
『おいっ、ギルベルト団長か!?』
「え……あっ、レウス……って、何だよそっちすっげえうっせーな!?」
『仕方が無いだろう、俺は今そっちに向かう為にドラゴンの背中に乗ってんだから。ってか、あんたは何処に居るんだよ!?』
「おっ、俺は今からドゥドゥカス陛下を捜しに行くんだよ。お前の方こそ何の話なんだ!?」
『俺だって同じだよ。そっちのアンリから連絡貰って、これからすぐに来てくれって言われてそっちに向かってんだ!!』
「あ、アンリから連絡……?」
レウスからの突然の連絡。
しかもそれが、自分の部下の一人であるアンリから連絡があって、それでこっちに向かっている。しかもワイバーンではなくてドラゴンの背中に?
頭の中の整理が追い付かず、話が良く見えて来ない騎士団長のギルベルトはパニック状態になる。
とりあえず、レウスがアンリからの連絡を受けてリーフォセリア王国に向かっているのは理解出来たので、彼がこちらに来るのは歓迎と言えば歓迎である。
今はとにかく一人でも人手が増えてくれればそれは嬉しい。
「わ……分かったけど、とりあえず俺も陛下が姿を消したって言う北に向かう予定だ!!」
『それじゃあ何処かで落ち合わないか?』
「そうだな、そうしよう。ええっと……お前は何処からこっちに向かってんだ?」
『俺はエレデラム公国の都、バルナルドから南に向かって海を越えてそっちに向かってんだ!!』
「よっしゃ、だったら北の方には小さめの砂漠があるからそこで合流しようぜ!!」
『わ……分かった、北の方にある砂漠だな!!』
こうして合流場所も決まったので、ドラゴンの背中に乗っているレウスはその砂漠に向かう為にエンヴィルークに指示を出す。
「って訳だから、リーフォセリアにある砂漠に向かってくれ!!」
『今の会話からすると、お前がバランカ遺跡って所で魔物を倒しに行ったって場所じゃ無い方の砂漠だな。それだったら場所は分かるけど、スピードは落ちるぜ!!』
「えっ、何でだ?」
もしかしてリーフォセリアの方で降っているって連絡のあった雨のせいか? とレウスが尋ねてみると、どうやら当たりだったらしい。
しかも、レウスが考えている以上に厄介な事が起こっているらしいのだ。
『そうなんだよ。俺様は火と土と闇属性の魔術が使えるドラゴンで、アンフェレイアは水と風と光属性のドラゴンなんだ。だから豪雨に突っ込むってなったらそれだけでスピードが落ちる。視界は利かないし、火属性だから水の中では動きが鈍くなるんだよ!!』
「そ……それは分からないでも無いけどさ」
『しかもだぞ。遠くの方にその豪雨を降らせている雨雲が見えて来ているんだが、どうやら激しい雷も降らせているらしい!!』
「雷?」
『ああ。だからお前の槍が避雷針になって直撃でもしたら、その時は俺様は助けてやれねえからな!!』
そう警告をするエンヴィルークの頭の先には、確かに厚くて激しい雨と雷を降らせている雨雲の姿が見えた。
この夜の時間帯のせいもあって、レウスの目にも分かる程の雷の激しさである。
「うっそだろ、あんなに激しい雨雲なんて今まで経験した事ねえぞ!?」
『五百年前でもか?』
「ああ。魔術の雷を防いだ事はあったんだが、あの中に俺達が突っ込むってのはその雷が連続して襲って来る様なもんだろ!?」
『そー言うこった。だけどあの雨雲の下がリーフォセリア王国なんだから、こればっかりは自然現象を恨むしか無え』
「あんた神だろ。神だったら何とかしてくれんじゃねえのか!?」
それが神の役割なんじゃないのか、とエンヴィルークに訴え掛けるレウスだが、その神は「神だからこそ」手出しは出来ないと言い出した。
『そりゃあ無理だぜ、勇者様』
「何でだよ!?」
『自然現象を故意にいじると言うのは、それだけ世の中に混乱をもたらすってこった。自然現象だってこの世界を構成している大事な要素の一つだからよ。それを見守って俺様達が人間や獣人や魔物がどう暮らすかってのを見極めなけりゃならんのよ』
「何だ、その妙な説得力は……」
自然の理を破壊する事に繋がってしまうので、これは神の間でやってはいけない事とされている。
なので、このままあの立ち込めている暗雲の中に突っ込まなければならないのか……とレウスは覚悟を決めた。