753.ライオネルの手記と幻(?)のドラゴン
「ようこそ我がルリスウェン公国へ。俺が大公のジークだ。よろしく、アークトゥルスの生まれ変わりとその仲間達」
「あ、もうご存じなんですね……」
「そりゃーそうさ。エレデラムのラグリス大公から話を色々と聞かされているからな。んで……」
黄色い絨毯が敷かれているのが特徴的なこの謁見の間で、その謁見早々ジークはレウス達のお目当ての物を懐から出した。
それはもはやボロボロになっているピンク色の手帳であり、表紙にはうっすらと「ライオネル」の文字が読めなくも無いが、レウスは心の中で胡散くせーと思っていた。
(あれって単純に何処かから持って来た古い手帳に、ライオネルの名前を書いてごまかそうとしているだけじゃないだろうな?)
ライオネルの筆跡は知らない訳では無い。
しかし、今のジークが座っている玉座とレウス達がひざまずいている謁見の間の場所は少し離れているので、こうして遠目で見る限りでは判別は不可能だった。
そもそも、表紙に文字が黒いインクで書いてあるかどうかが判別出来るか出来ないかの距離なのだから。
「お前達が目当てなのはこれの事か?」
「だと思いますけど……それがエレデラム公国のラグリス大公がおっしゃっていた、ライオネルの手記ですか?」
「ああ、そうだ。見ての通りこんなにボロボロになっているが、中身は本物だと言える」
「何故ですか?」
「これはだな、西の砂漠の中にある神殿の中から出て来たんだよ」
「えっ……」
更に胡散臭い気持ちが拭えないレウス。
そんな彼に代わって、西の砂漠と言う事でレウスと一緒にソルイール帝国で砂漠の中のバランカ遺跡へと向かった経験を持つサイカがジークと話を進める。
「その神殿と言うのは、昔からある神殿なのですか?」
「そうだ。と言っても砂漠の隅にある上に霧が掛かっていてなかなか近づけない場所だから、観光客にも近づかない様に警告しているんだ」
「えっ……霧って水蒸気が空中に浮かんだ状態のものですよね? そんな……砂漠に霧が出るなんて考えられないんですけど」
「確かにそれはそうだよな……」
サイカの隣でエルザも頷く。
砂漠で霧が発生する光景なんて見た事も聞いた事も無い話なのだが、それは単純にこの二人が砂漠について余り知らないだけの話であった。
実際にその光景を見た事があるアニータが簡単に説明する。
「砂漠でも霧が出る事はある。この国の西にある砂漠は海が近い。だから空気が湿っていてたまに霧が出るんだ」
「そうなんだ。でも、その神殿の中にその手記があったって話は分かったんですが……私達にそれを見せてくれないんですか?」
それを見せて貰う為にわざわざここまで来たのに、見せてくれないとなったらここに居る意味が無い一行。
そんな一行に向かって、大公のジークは妙な事を言い出した。
「いや、エレデラムのラニサヴとお前達にこの手記を見せるって約束をしたからそれは守るけど……」
「けど?」
「けど、実はだな……その神殿の周辺で最近妙な噂が立つ様になったんだが、それを調査して来てからにしてくれねえかな」
「え、ええ~……?」
何だかんだで上手く行かないものだと思いながらも、とりあえずその妙な噂とやらだけでも話を聞く事にするレウス達。
その肝心の内容は確かに妙なものだった。
「それって何なんですか?」
「結論から言えば、その神殿の周りに複数のドラゴンが現われるって話だ。それもただのドラゴンじゃなくて、近づくとスーッと消えてしまう蜃気楼の様なドラゴンだ」
「蜃気楼の様な? それって本当に蜃気楼だったんじゃ……」
「だったら足跡が残っている筈が無いだろう?」
ジークが受けた報告によれば、その神殿の周りには確かにドラゴンの足跡が無数に残っていたらしい。
しかし、そのドラゴンの足跡も奇妙なものだった。
「でもさ、そのドラゴンの足跡って言うのがこれまた変でさ。妙に薄かったんだよ」
「薄い? それって単純に砂ぼこりが降り積もって消えたとかって話じゃないんです?」
「いいや……その近くで足跡を聞いた調査隊の隊員達が居たんだよ。ちゃんとしたドラゴンの足音だぜ。こう……ズシンズシンって重そうな足跡が複数。だけどその肝心のドラゴンの姿は見つからないし、足跡も薄かったんだよ。これって明らかに変だよな?」
「それは……まぁ、確かにおかしいですね」
「だろ? だからそのドラゴンの噂を調査して来て欲しいんだよ。その調査をしたのが一週間前だから、まだそのドラゴンが神殿の近くに居るかも知れねえし」
実際にそのドラゴンを見た人物は居ない。
ただ単純に足音が聞こえた。それから足跡も無数に見つけた。だけど実物が見つからないんじゃあ、その神殿調査の続きをする前にドラゴンに食べられてしまう可能性が高い。
ライオネルの手記に関しては、そのドラゴンの実態を確かめてからの話になるからなとジークに言われて断る事は出来なかったレウス達。
ここまで来てまたドラゴンか……と思うメンバーが居れば、もしかしてそのドラゴンはカシュラーゼの生物兵器なのでは? と考えるメンバーも居る。
そしてそれは、このルリスウェン公国におけるドラゴンとの戦いの始まりを意味するものであった。