732.影を追え
「わ……私ですか?」
「ちょっと、何言ってるのよ貴方!?」
「そうよそうよ、姉様がそんな事をする訳無いわよ!!」
とんでもない言い掛かりをつけ始めたラニサヴに対し、サイカとドリスが抗議の声を上げる。
その二人に続いて、ソランジュとアニータがティーナの無実を主張する。
「良く考えてみろ、お主。お主の言っている事は、証拠も無い完全な言い掛かりにしか過ぎないぞ」
「そうよね。私達が東の国境を超えた情報を得て、それで都のバルナルドで城門を通ろうとした時に笛を吹いて私達を止めたのは貴方でしょ。それから私達がオーレミー城に連行されて、そしてここに来るまでずっと貴方達の監視下に置かれていたじゃない」
だからそんな罠を仕掛ける理由も時間も無かっただろう、と主張するソランジュとアニータだが、ラニサヴはまだ疑いの目を向けるのを止めようとはしない。
「どうだかな。あの大量の足跡に気が付いたのがお前達の仲間で、その足跡が全部お前達のものでは無いとも限らない。ただでさえまだ麻薬に関しても砲撃に関しても、大公と俺からの疑いが晴れた訳では無いからな」
「おい……あんた良い加減にしろよな。俺達がこんな事をして何の得になるんだ。第一、俺達が本当にこの麻薬畑や爆発と関係があるんだったら、最初に都に向かうなんて事はせずにこっちまで来て麻薬の出来具合を確かめたりする筈だろう?」
「そうよね。それにあんなに小さな家で爆発を起こす理由だって私達は無いわよ。そもそも仮にそうだったとして、私達が誰を狙うつもりだったのか貴方はその予想を考えてあるのかしら?」
言ってみなさいよ、とラニサヴに詰め寄るアレット。
だがそれに対して答えたのはラニサヴでは無くて、別の事に気が付いたアーシアだった。
「……っ!?」
「えっ、おい……アーシア?」
アーシアが突然息を呑んでから走り出したので、コルネールを始めとした他のメンバー達は彼女を追い掛ける。
「どうしたんだよ、アーシア!?」
「見たのよ……私、ハッキリと見たの!!」
「見たって何を!?」
「この森の中からこっちを見る、黒いフード姿の人物よ!!」
「そ……それって誰!?」
「それは分からないけど、とりあえず怪しいのは確かよ!!」
後ろから問い掛けて来るメンバーにそう言いながら、アーシアは長い金髪を揺らしつつ森の中を走る。
彼女の目には確かに、森の中を逃げて行く黒いフードを被っている人物の背中が見えているのだ。
その後ろから追い掛けているコルネールやレウス達には、その追い掛けるアーシアの背中しか見えていないので彼女を追い掛ける事に集中している。
そうしてそのまま森の反対側へと抜けた一行だったが、そこには驚愕の人物達が待ち構えていた!!
「はっ!?」
「あ、あれ……え!? あれって……」
「ねえちょっと、何であの人達がここに居るのよ!?」
レウス、アレット、そしてエルザの三人が一斉に驚く。
それもその筈で、黒いフード姿の人物が向かった先で合流したのは多数の武装した集団を従えている三人の男女だったからだ。
そして、その男女には三人とも見覚えがあった。
「まさかこうやって再会する事になるとは、思ってもみなかったよ……レウス」
「いや、貴方の過去の事を私達が知ってしまった以上はアークトゥルスって呼んだ方が良いかしら?」
「おいおい二人とも、仮にも自分の息子じゃねえかよ。十七年間育てて来たさぁ……」
噂だけだと思っていた。
途中からその噂が段々確信に変わって行っていたが、それでも心の何処かで信じていたくなかった。
五百年前に死んだ自分の、今の時代での育ての親がカシュラーゼ側についた事なんて。
その微かな希望が、目の前の光景を目の当たりにする事でガラガラと音を立てて崩れ去って行ったのがレウスには痛い程に実感出来る。
その二人が……自分の両親であるゴーシュとファラリアが、先に寝返ったエドガーと凄く仲が良さそうに話をしているのを見てしまったら。
「良く来たな、私の息子レウス……いや、五百年前の勇者アークトゥルス」
「おいおい、結局その呼び方かぁ?」
「別に良いじゃないか。それよりも前に出会った時よりも更に多くの仲間を従えて、こうして旅をしている様じゃないか。いや、感心したよ」
パチパチとわざとらしく顔の横で拍手をするゴーシュだが、そんな彼を真顔で見つめながらレウスは言葉を吐き出した。
「……裏切ったって噂は本当だったのか?」
「あら~、言葉はちゃんと使わなくちゃ駄目よレウス。こう言うのは裏切ったって言うんじゃなくて、ビジネスパートナーになる為に友好的な関係を結んだって言うのよ」
「何がビジネスパートナーだよ! これでハッキリしたな……あんた達がカシュラーゼと手を組んでいたってのが!!」
ファラリアのセリフに怒りの色を露わにするレウスに対して、今度はエドガーが当たり前の様に口を開く。
「そうさ。リーフォセリア近辺の物資供給の面で少し不安があったが、こうしてアーヴィン商会が手を組んだ事で俺達はキビキビ動ける様になったのさ」
「貴方も貴方です、エドガー学院長! カシュラーゼ側について恥ずかしいとは思わないんですか!?」
涙を滲ませながら訴えかけるアレットだが、そんな彼女の様子を鼻で笑い飛ばしてエドガーは続ける。
「はっ! 恥ずかしいなんて俺はこれっぽっちも思っちゃいねえ。むしろ誇りに思ってるぜ!」