70.カフェにて
来客を告げる、ドアに取り付けられた小さなベルがカランカランと音を立てて店内に響き渡る。
それに気が付いたマスターの中年の男が、レウス達に声を掛けた。
「あー……悪いが、うちは一見さんお断りの紹介制の店なんだよ。誰かからの紹介かな?」
「んー、そう言われればそうなんだが……厳密に言えば俺等は客じゃないんだ」
「えっ?」
「ソランジュ・ジョージ・グランって黒い髪の女はここに居るか?」
だが、レウスがその名前を口に出したのがどうやらまずかったらしい。
男女問わず、店内に居る客が揃いも揃って三人を訝しげな目で見つめる……いや、明らかに敵意を持った視線を向けて睨みつけて来ている。
「おいお前等、ソランジュを雇っていたって主人の使いの奴か?」
「もしそうだったら私達が貴方達を殺すわよ?」
「あの子はあそこの主人にかなり酷い暴行を受けて、奴隷同然で働かされていたんだぞ!」
「いや、誰もそんな話は聞いちゃいないんだが。ソランジュって女はここに居るのか居ないのか、どっちなんだ!?」
口々に、まるであの女を庇うかの様な発言をするカフェの客達に対してレウスはうんざりした様子を隠し切れない。
あいつは自分を陥れたのに、カフェの客に何かを吹き込んだのかここに来てまた陥れられそうになっている。
そう考えるレウスの横で、グイッと彼の身体を押し退けてアレットが歩み出した。
「ちょっと、勝手な事言わないでよね!」
「アレット……?」
「この人と、そのソランジュって女はさっき初めて出会ったのよ。そして彼は今、その女に一言文句をつけに来たの。そんな屋敷の主人なんて知らないし、殺されに来た訳でも無いのよ。だからさっさとソランジュって女の居場所を教えてよね!!」
「誰が教えるか、そんなの……どうせ君達はあの主人に頼まれて、彼女を屋敷に連れ戻しに来たんだろうが、そうはさせるかよ……おいみんな、この三人をこの店から追い出せ!!」
マスターの一声で、店内の客およそ十人が一斉に襲い掛かって来る。
港で酔っ払い相手にバトルし、さっきは路地裏で女達を相手にバトルし、そしてここではカフェの客を相手にバトルという三連戦でかなりレウスもうんざりしているが、今回はアレットとエルザもいっしょなので貴重な戦力だ。
「このやろおお!!」
「おっとアレット、危ない!!」
客の一人が椅子を振り被って来たのを回避し遅れたアレットを、すんでの所でレウスが彼女を引っ張って助け出す。
その横からエルザが飛び蹴りをかまして客の男をノックアウトさせ、続いて向かって来た女の腹に飛び込んでバトルアックスの柄の部分でみぞおちを狙って悶絶させる。
今回も前回も、最初の酔っ払い相手の時も殺すのが目的では無いのでレウス達も手加減しつつ戦う。
ただしアレットは魔術が得意な反面、体術や武器術の成績は伸び悩んでいた為に若干足手纏いになりつつあるのが現状だ。
それでも椅子を振り回したり、飾ってある植木鉢を投げ付けて応戦したりして、自分の出来る範囲での戦いをしている。
そしておよそ五分後、カフェの中はまるで嵐が過ぎ去ったかの様にグチャグチャのボロボロになっていた。
床の至る所ではカフェの客とマスターが呻き声を上げて転がっている。
「で、ソランジュって女の居場所は何処だ?」
「うう……うぐ……」
「言わないとこの店の中、原型を留めない位に破壊するぞ?」
エルザが片手でマスターの髪の毛を掴んで、もう片方の手でバトルアックスを突きつけて白状する様に詰め寄る。
これではどっちが悪者なのかさっぱり分からない状況で、少しやられて殴られてしまったアレットに応急処置を施しているレウスが、ある事に気がついた。
「……ん!?」
「どうしたの?」
「居た……あの女だ!!」
「え、ちょ、ちょっとレウス!?」
アレットの制止も聞かず、そばに立て掛けておいた槍を掴んで一目散に店の外に飛び出すレウス。
それもその筈、明るさを確保するべくなるべく窓際で治療していた彼が何の気無しに外を見た途端、この店の中に入ろうとしている忘れもしないあの黒髪の女……ソランジュの姿が見えたのだ。
だが向こうも、店から飛び出して来たレウスに気が付いて踵を返し、一目散に逃げ出した。
「おい待てっ、逃げるんじゃない!!」
「す、すまん、私が悪かった!!」
逃げ出したソランジュを追い掛けて、レウスは怒りに任せてピッチを上げて走ったせいかサンマリアカフェからすぐ近くの場所で彼女を捕まえた。
だが、レウスの怒りはこれからである。
「すまなかった、じゃないんだよ。俺はお前のせいで危うく殺されかけたんだよ。どういう事か全てハッキリと説明して貰うぞ。それから一発殴らせろ!」
「え……あだっ!!」
ソランジュの顔に全力のビンタをかまし、少しは怒りが収まったレウスだが、まだまだ話は終わらない。
カフェのマスターや客がソランジュの味方らしいので、彼女からしっかりと説明して誤解を解いて貰わなければならないのだ。
ついでに散々な状況になっているカフェの片付けも手伝う事を約束させ、まるで悪さをした猫の様に左手で彼女の襟首を掴んでレウスはサンマリアのカフェに戻った。




