713.マッサージ
その夜は見張り付きでオーレミー城の中で宿泊し、翌朝に出発する事になった。
脱獄の手引きをしたコルネールとアーシアに関しては地下牢に入れられた状態になっているのだが、レウス達とともに翌朝になって合流してから一緒に現地へと向かうらしい。
ラニサヴ曰く「一緒に行動させておかないと、また何を企むか分かったもんじゃないから」らしいのが理由だった。
その夜、レウス達はそれぞれ割り当てられた部屋にて宿泊する事になったまでは良かったのに、レウスと一緒に寝る事になったサイカとアニータがこんなお願いをして来たのである。
「ま、マッサージぃ?」
「そう。ちょっと身体が痛くてね。明日に備えて五百年前の勇者様の魔力注入によるマッサージをして貰おうと思って」
「私もお願いするわ」
「……若いのに、それじゃ老人じゃないかよ……」
何でこのタイミングでマッサージをしなきゃならないのだ、と思ったレウスは素直な感想を口に出すが、アニータから冷静な声できつい一言を浴びせられる。
「あら、貴方だって十分に若いじゃない。見た目は」
「み……見た目?」
「そう。見た目は凄く若いけど、単純に計算したら五百十七歳になったのよね?」
「ち……違うよ!! 単純計算で五百四十二歳だ!!」
「それだったら見た目以上に老けているって事なのね」
レウスは二十五歳の時にエヴィル・ワンを討伐し、そしてガラハッドに殺されて現代に転生した。
そこから十七年の月日が流れたので、単純計算で五百四十二歳となる。
それでも今はアーヴィン家の一人だし戸籍も「レウス・アーヴィン」となっているので、十七歳の青年である事に変わりは無いのだが、パーティーメンバー最年少のアニータにそう言われると妙に傷つく。
「うっせーよ。それよりもどうして俺がお前達の為にマッサージなんかしなければならないんだ?」
「別に良いじゃない、マッサージ位。それとも五百年前の勇者様はマッサージも出来ないのかしら?」
「すげー事言うね。出来なくは無いけど、俺だって疲れているんだしやりたくないって言うのが本音だな」
そう言ってさっさと寝ようとするレウスだが、そう来るなら……とアニータがとんでもない事を言い出した。
「だったらこの前、貴方に無理やり抱き着かれたって言いふらすけど……」
「はっ?」
「そうそう、あれはびっくりしたわよ。いきなり私とアニータに抱き着いて来たんだもん」
あの、ルルトゼルの村で自分がアニータとサイカに抱き着いた事。それはレウス本人も良く覚えていた。
しかし決して下心があった訳では無いんだ、とその時の事を思い返しながら反論する。
『あ……あのさ、サイカにアニータ』
『何?』
『お前達が居なかったら、今の俺はここに居なかったと思う』
『ちょ、ちょっとどうしたのよいきなり……』
『成り行き上だったとは言え、この危険な旅に本当に良くついて来てくれて、心の底から感謝している』『そうね、本当に危険だったわ』
『でも、そのおかげって言ったら変だけど、こうして普通の人生じゃ送れない様な経験が出来ているのはレウスのおかげなのよ。まさか五百年前のアークトゥルスの生まれ変わりと一緒に旅が出来るなんて、こんな話は夢じゃないかって思うもん』
『……それはちょっと複雑な気持ちだが……とにかく俺は二人にも本当に世話になっている。リーフォセリアとソルイールの国境の砂漠の中にあるバランカ遺跡では、サイカに世話になった。それからルルトゼルの村でドラゴンを倒す時や人肉工場の時はアニータに世話になったからな』
『まぁ、確かに色々あったけどね』
ここまでの流れは特に普通だった。
なのにこの後、自分でも分からない内にレウスは二人に抱き着いていたのである。
『……えっ!?』
『ちょ、ちょっとレウス?』
『な、何なのよいきなり!?』
『頼む、十秒だけこうさせてくれないか……?』
『ちょっと、暑苦しいんだけど……』
『俺の旅に……最後までついて来てくれるか? エヴィル・ワンの復活を止めるまで……ついて来てくれるか?』
『……今更何言っているのよ。当たり前でしょ。そもそもレウスについて行くって決めた時から、何があっても覚悟は決めているんだからね』
『まぁ、貴方が良ければ私はついて行くけど』
『だったら……最後まで頼む。これからも信じているよ、二人をな』
レウスとしてはこれから先のお願いをしたつもりにしか過ぎなかったのだが、どうやら今回のマッサージの要求を断れない様にする為の材料にこのエピソードが使われてしまうらしい。
「マッサージだけでこの事は黙っておいてあげるから、良いでしょ?」
「そうそう、ただでさえヒルトン姉妹と一緒に寝ていたって前科があるんだし」
「思い出させるなよ」
それを言ったら、今のこの状況だって何も変わらないじゃないかとレウスはブツブツ文句を言いながらも、事実が変に誤解されたら嫌なので渋々マッサージを始める。
レウスは指圧の指に魔力を送り込み、その案力を指圧される側の体内に注ぎ入れる事で普通のマッサージよりも更に効果が出やすい様にしている。
これもまた、アークトゥルス時代に会得したテクニックの一つだ。