706.深手
そのレウス達がエレデラム公国に辿り着いた頃、拷問を受けていたカシュラーゼとダウランド盗賊団の一行はヘロヘロ状態でソルイール帝国に辿り着いていた。
「ったくよぉ、テメー等は何でまたこんな怪我を負ったんだよ?」
「あったたたたたた!! も、もうちょっと優しくしてくれ!!」
「っ……!!」
クロヴィス、エドワルド、ヨハンナ、ヴェラル、そしてラスラットの五人はソルイール帝国へと何とか逃れたまでは良かったものの、結局ライオネルの弓を見つける事が出来ずじまいで終わってしまった。
あのルルトゼルの村の何処かにライオネルの弓がある、と言うのは知っていたのだがその場所までは分からなかった。
せっかくカシュラーゼ側に寝返ってくれた住民達も居ると言うのに、ライオネルの弓に関しては村長やその側近等の一部の住民しか知らない機密事項らしく、寝返った住民はその上の立場にある住民が居なかったので誰も知らなかったのだ。
「せっかく人型爆弾で襲撃する所までは上手く行ったのに、これじゃあ全てが水の泡……あたたたたっ!!」
「全くだ。俺達だって慈善事業でこんな事をやっている訳じゃないんだし、金を貰っている以上はしっかりやらないと契約切られちまう可能性があるんだよな」
ヨハンナとヴェラルがそうぼやく横で、雇い主のディルクと密接に繋がっている……と言うよりもその弟子であるラスラットが、自らの回復魔術で癒えた身体をスリスリとさすりながら呟いた。
「大丈夫。今回の件では向こうの方が一枚上手だっただけだから、俺からしっかり説明しておいてやるよ」
「良いのか?」
「ああ。俺から直々にあの人に言えば何とかなる筈さ。だけどあのアークトゥルスの生まれ変わりがあそこに来ていたってなれば、絶対にライオネルの弓がある筈なんだよなぁ」
そもそも、ライオネルの弓がある事以外にあそこに立ち寄る目的なんて無い筈である。
それも人間連中があのルルトゼルの村にフラフラと近づけば、命を落としかねないレベルの全力で追い返されるのは有名な話なのだから。
そう考えながら、一旦保護して貰ったこのソルイール帝国のクレイアン城で治療を済ませて今後の対策を練る一行。
「で……だ。俺達がこっち方面に逃げたって事はルルトゼルの奴等も分かっているから、すぐにここから離れなきゃいけないな」
「でもどうすんだよ? ここまでは地下からソルイール帝国側に抜けて近くの町から転送陣を使って少しずつここまで移動して来たけど、ここから一気にカシュラーゼに行く道なんてあったか?」
ワイバーンも無いし……とぼやく白ライオンのクロヴィスに対して、城の医師が包帯を変えるのを手伝うラスラットはふっと口元に笑みを浮かべる。
「だったら、お前等の仲間に迎えに来て貰えば良いじゃん?」
「え?」
「ダウランド盗賊団連中だよ。あいつ等はエスヴァリーク方面を根城にしているんだし、リーダーのメイベルはカシュラーゼにも何度も出入りしている。ワイバーンだって大量に持っているんだから、そのワイバーンで仲間に迎えに来て貰えよ」
それに、その方法だったら一緒に乗せて行ってくれよとお願いするラスラットは、クロヴィスの手当てしきれていない傷に向かって二本揃えた指をそっと押し当てた。
するとその指の先端から、突然淡い白い光が出て来て傷の中に入り込んで行く。
ラスラットの指がその傷の上を通り抜けた後には、傷口がすっかり塞がれていたばかりか傷跡すら一切残っていない状態になっていた。
やはり闇属性の魔術師の弟子だとは言え、こうした回復術に関してもディルクの教えがあってか最高の技術を持っているらしい、と改めてクロヴィスは実感していた。
「わーったよ……だったら魔晶石で連絡してみっから。皇帝様、魔晶石を一つ貰えますか?」
「あー、良いぜ。ちょっと待ってろ」
命からがらここまで逃げて来た五人の様子を見に来ていた「龍の貴公子」バスティアンは、騎士団長のセレイザに命じて通話用の魔晶石を持って来て貰う。
そして、その持って来て貰った魔晶石で自分達のリーダーであるメイベルに連絡を取ったクロヴィスは、魔晶石越しにメイベルに失態と敗走についてめちゃくちゃ怒られながらも、何とか迎えに来て貰える事になった。
「あー……耳が痛かったぜ……」
「二つの意味でだろ?」
「うっせーや」
とにかくこれで帰る目途が立った一行だったが、ラスラットだけは心の中でほくそ笑んでいた。
(はっ、全く馬鹿な奴らだぜ。今回は確かにルルトゼルの村で失敗はしたが、これから先で狙われるのがお前等もそうだってのに全く気が付いちゃあいない。おめでたいっちゃありゃしねえぜ)
事実、ルルトゼルの村で拷問を受けていた時に寝返った村人達に協力して貰い、ディルクに連絡を取ってルルトゼルの村の四地区全てにこのソルイール帝国の中にある大砲やカシュラーゼの大砲、それからエレデラムの大砲からも砲撃を仕掛けた。
夜だったので砲撃が目立つ事も無く、全ての地区に見事砲撃が完了した。
いわば作戦失敗の一種の報復だったのだが、その報復で使われた砲撃が実はこの世界の全ての国に向いており、チャンスを窺っているのをまだこいつ等は知らないんだから本当に単純だよ……とラスラットは狂気の計画を心の中で呟いていた。