700.変わり始める意識
オルエッタが地面に杖を突き立てたその瞬間、杖を突き立てた場所を中心にして虹色の衝撃波らしき線が円形状に広がって行く。
それと同時に、今まで雲が少しある程度だった晴れた夜空に遠くの方から少しずつ黒い雲が集まって来るではないか。
(え……ええ……!?)
当然、自分はこんな魔術なんて出来っこない。
そもそもアークトゥルスだった五百年前にだって、こんな魔術は見た事が無かったし聞いた事も無かった。
だからこれから何が起こるのかがある程度しか予想出来ないレウスの目の前で、ピカッと雷鳴が轟いた。
(うおっ!?)
何の前触れも無しに雷が鳴ったらかなり驚く。
これは生物の本能的なものなのかも知れないと考えていたレウスの頰に、ピチャッと水滴の感覚が感じられたのはその時だった。
まさか、これは……。
そう思っていたレウスの懐疑心は、天から降って来る大雨によって驚きのものに変わった。
ポツポツと降っていたのは僅か数秒であり、一気に叩き付ける様な大雨になったのだ。
「ぶはっ……くそ、すっげえ雨だな!?」
本心からのセリフを口に出しながら、ふとレウスはオルエッタの方に目をやる。
彼女は両手で杖を地面に押し込みながら、未だに円形状に線を出しているのだ。
しかもその表情はさぞかし必死なものなのかと思いきや、横顔だけでも分かる位に穏やかな表情なのである。
(ど、どうしてこんなに表情が穏やかなんだ……?)
いきなり降り始めたこの大雨と村の中の緊急事態に似つかわしくないその表情にレウスが困惑している頃、救助活動に当たっていたメンバー達もオルエッタの手によって何の前触れも無しにいきなり降り始めた大雨に驚いていた。
「な、何なのこの大雨は……」
「でもこれで助かるぞ。少なくともこれだけの大雨が降れば、砲撃によって引き起こされた大火事も消えるぞ!!」
困惑するサイカと、その隣で大雨による火災の消火を喜ぶエルザ。
何がどうしてこうなったのか彼女達はまだ分からないまま、滝の様な濁流状態で降り注ぐ大粒の雨によって、消すのにどうすれば良いか戸惑うばかりだった火災がどんどん鎮火して行くのを目撃していた。
しかし、その大雨によって四地区全ての火災が鎮火したのは良かったのだが、この大雨を引き起こした張本人の身体への負担も凄かったらしい。
「うっ……!?」
「へ、陛下!!」
今までずっと穏やかな表情をしていたオルエッタだったが、どうやら極限まで気を集中していたせいで自然と表情がそうなっていただけらしい。
そう考えながら、レウスは呻き声を上げながら崩れ落ちたオルエッタの表情がかなり苦しそうなのを見て、急いで回復魔術を掛け始める。
それと同時に杖の効果が切れたらしく、雨が少しずつあがって行くのを感じながら魔術を掛け続けるレウスに対して、オルエッタが目を開いて話し掛ける。
「し、心配しないで……私は少し疲れただけだから……」
「喋らないで下さい。顔色がかなり悪いですから少しでも安静に」
「本当に大丈夫よ。それよりもまさか、貴方がアークトゥルスの生まれ変わりだったなんて……」
「その事は後でしっかりとお話しします。今はご自身の体調を心配するべきです、オルエッタ陛下」
そんなやり取りをしていた二人の元に、二人がここに向かった後の様子を見に来た村長のボルドがやって来た。
「おいっ、君達!!」
「あっ、村長助けてくれ!!」
「え?」
「オルエッタ陛下の具合が悪いみたいなんだ。早く何処かに休める場所を確保してくれっ!!」
「わ、分かった!!」
雨は上がったものの、その雨によってグチャグチャにぬかるんでいる村の地面を踏みしめながら、北区画にある砲撃を逃れた村長のボルドの家のベッドに運ぶレウス。
そしてオルエッタの状態を見ながら、ボルドに対してこの雨をオルエッタが起こした事を説明した。
その話を聞いたボルドからは、この大雨によって四地区の火災が全て鎮火したとの情報がもたらされた。
「……となると、この砲撃はカシュラーゼの手によって引き起こされたものであり、それを人間のオルエッタが止めたと……そうなる訳だね?」
「ああ。でも見ての通りオルエッタ陛下はかなりの疲労でこうして寝込んでいる。この村を救う為に相当身体を酷使したんだろう」
ベッドに横たわって妙な汗をかきながら息をしているオルエッタを見ながら、レウスがそう告げる。
その様子をレウスと一緒に見ているボルドを始め、人間に助けられたルルトゼルの村の住人達の考えが少しずつ変わり始めていた。
「これはカシュラーゼが引き起こした。勿論その中には人間も居るが、獣人も含まれているのは間違い無い。でも……最初にそれをやったのは部外者のカシュラーゼで、今回の大雨で被害を食い止めるのに全力で協力してくれたのも部外者の、それも人間のこのオルエッタ……」
部外者が、それも人間がここまでルルトゼルの村の為に尽力してくれている。
それを考えると、これから先の村のあり方を少しは変えていかなければならない様な気がしているボルドだった。
十一章 完




