67.逃げてりゃ良かった……。
「ふう……ま、こんなもんだろ」
額の汗を拭って息を吐くレウスの足元には、酔っ払い達が呻き声を上げて転がっている。
手に持っている槍には血の一滴もついておらず、腰のロングソードも抜いていない。
つまりレウスは五人もの相手を刺したり斬ったりする事無く、最低限の反撃で鎮圧したのである。
その頃になってようやく、港に駐留している騎士団員達がバタバタと駆け寄って来る音が聞こえた。
(やっと来たか……)
そう思いつつ、レウスはその場から足早に遠ざかる。
騎士団員達に目をつけられたら動き難くなってしまうので、それを避ける為に一旦人目のつかない所へと身を隠す事にしたのだ。
それに、このソルイール帝国に向かう船の上で五百年前の事と今の事をエルザとアレットの情報を基に色々照らし合わせた結果、かなり文明が進んでいるのは当然としてバランカ遺跡の様に街だった所が遺跡になっていたりする等、自分の知らない事が色々あるらしい。
なのでここは新しく冒険者になったつもりで一から出直しだと思っていたのに、気が付けばこんな事態である。
船の中で食事を摂りながらエルザから聞いた話によれば、この帝国の人間は好戦的な人間が多いと言う話だ。
「国のトップである皇帝のバスティアンって人がかなり好戦的でな。そんな皇帝がトップだから帝国軍の士気も普段から相当に高いってのは実際に戦ってみて肌で感じたよ」
「え、戦ったのか?」
「ああ。半年前にリーフォセリアに遠征して来たソルイール帝国騎士団の見習い騎士達と王都から少し離れた場所で合同訓練を行なったんだが、それはもう勇猛果敢だった。こちらが少しでも攻めあぐねる姿勢を見せれば、一気に攻め込んで来てあっと言う間に潰すスタイルなんだ。おかげでこっちはボロボロだったよ」
フォークでポークステーキをつつきながら、何処か悔しそうにその時の思い出を語るエルザ。
そんな彼女からアレットに視線を移したレウスは、サラダを口に運んでいる彼女に質問する。
「えっ……その時ってアレットも参加したのか?」
「へ? え……うん、先輩達のアシスト担当としてだったから直接は戦っていないわ。でも確かにエルザの言う通り凄い気迫だったのは覚えてる。見習いだからと言ってもやっぱりソルイールって凄いって思ったわよ」
「しかもそれだけじゃないんだ。ソルイール帝国のギルドに集まっている連中も勇猛果敢な奴等が多いって知られてるんだよ」
何と、ソルイール帝国のギルドでは他国のギルドの冒険者達の倍以上は成果を出しているとの事で、冒険者も国内外を問わずに名前を知られている者も多いらしい。
しかし、それは考えようによってはあのセバクターや赤毛の二人組を探すのに役立つだろうとレウスは考える。
何故なら、名前が売れている者同士で情報交換をしていたりするかも知れないし、好戦的で勇猛果敢な連中だったら強い相手と戦うのを何よりも楽しみにしている筈だからだ。
その事を船の中でエルザとアレットに伝えていた通り、エルザはギルドへと足を運んで冒険者達にセバクターや赤毛の二人を見かけなかったかを聞きに行っている。
アレットはこのソルイール帝国の帝都ランダリルにある闘技場の話を集めに行き、どんな冒険者や戦士が有名なのか調べている。
そしてレウスは港でこうして騒ぎを起こし、今は港の倉庫の一角で息を潜めてほとぼりが冷めるのを待っていた。
(くそっ、あんな酔っ払いに構わずにさっさと逃げていれば良かった……)
後悔してももう遅い。
酔っ払いなんか相手にせずにさっさと逃げていれば、こんな騒ぎにならずに済んだのにと悔やむレウスに対し、不意に何処からか声が聞こえて来た。
「おっ、お主! 何をするんだ!!」
「黙ってこっちに来なさいよ!」
(え……?)
関わらない様にしようと思っていても、不意に大声や大きな音が聞こえて来たら反射的にそちらを振り向いてしまうのは人間でも獣人でも変わらないらしい。
レウスもそれは例外では無く、振り向いた先に見えたものは五人程の女達に路地裏に連れ込まれそうになっている黒髪の女だった。
かなり不思議な二人称を使う女らしいが、さっきの酔っ払いとの事もあってこれ以上騒ぎを起こすのはまずいと判断したレウスは、心苦しいながらもスルーを決め込む。
しかし、それは女の方が許してくれそうに無かった。
「あっ、そこのお主!! お主はレオンだろ!? この女達がしつこくて困ってるんだよ!! ほら、お主に金を貸してやっていただろ!?」
「へ?」
明らかに自分に向かってその黒髪の女は何かを叫んでいるのだが、その声が届いてはいるものの内容がさっぱり理解出来ないレウス。
何にせよ、厄介事になりそうなのは目に見えているのでとにかく逃げようとするレウスだが、次の女と彼女を路地裏に連れ込もうとしている女の仲間達との会話がやっぱり許してくれなかった。
「おい、あいつは誰だ?」
「数日前、お主達の屋敷に入り込んだ盗賊だ!! 私は確かに見たんだ!!」
「ちょ……おい待て! 何さっきから勝手な事を言ってるんだよ!?」
「何だと!? おい……あいつを叩きのめすぞ!!」
そこで反応してしまったのが運の尽き。
黒髪の女を解放し、レウスに向かって武器を手にした女達が襲い掛かって来た。




