695.浮かび上がっていた箱
「魔力が無くなった……?」
『うん。凄い南の方からそんな感触がしたわ。だって普通に考えて、こんな感触を普段の生活の中で感じる事はあり得ないもの』
南の方角から、魔力が弾け無くなる気配がしたとレメクが教えてくれたのだ。
一般的に魔力が無くなると言えば、それこそ今まで生きていた人間や獣人や魔物が死んだ時だったり、動物を塗擦して食用にしたり植物を食用に加工したり等の時にしか無いのがこの世界の掟である。
また、そうした生き物以外の場合では元々魔力で作っていた物を壊した時、魔術防壁を破壊した時、魔術による攻撃を防いで消し去った時も当てはまる。
しかし、今は単純に謎の機械にチェーンを鍵として差し込んで捻ってみただけ。それで魔力が弾けて消え去ったと言うのは一体何が起こったのだろうかと全員が首を傾げる。
「凄い南の方って……もう少し細かく場所を言って貰えないかしら?」
『ええっと……あ、水がたくさんある場所ね。だからあのクルト湖の方角よ。あなた達が話していた事』
「え!? それって……」
思い当たる節がサイカにある。
それもその筈で、サイカはブローディ盗賊団の拠点であるそのクルト湖にエルザとともに乗り込んだ挙句、咄嗟にそこで出会ったブローディ盗賊団の協力にやって来た傭兵だと嘘をついて色々と情報を聞き出していたのだから、忘れたくても忘れられない人生の経験である。
「じゃあ、クルト湖で何かが起こったって事?」
「そうに違いありませんわ。そしてそれは恐らく、湖の底に張られていた……」
「奇妙な結界と、その奥に見える箱に関係する話って事よね」
「良し、だったらそこに行ってみよう!!」
ライオネルが使っていた弓に、お湯につけると形が変わるチェーンがついており、それがあの鍵になる。その鍵を使って機械の鍵穴を回せば結界が解ける。
こんな仕掛けが施されていた事がようやく分かり、そしてこんな手の込んだ隠し方をするのであればあの箱の中にはさぞかし重要な物が入っているに違いない。
そう考えたレウス達は、再びレメクにアンフェレイアの姿になって貰ってクルト湖を目指したのだが、どうやら湖に潜る必要は無かったらしい。
「どうしたの? さっきから黙り込んじゃって……」
『……いや、あの……あそこに浮いているのよ。その箱らしき物体が』
「えっ!?」
月が照らしている水面が美しいクルト湖のほとりに辿り着いた一行は、アンフェレイアの視力によってその木箱を発見する事が出来たのである。
考えてみれば彼女はこの世界の神の片割れであるのだから、かなり遠く離れていた砂漠の地下迷宮の最深部から、このクルト湖の結界が弾け飛んで無くなってしまった事を察知するのは朝飯前なのかも知れない。
これはレウスにも出来ない事だったので、やっぱり神なんだなぁと感心しながらレウスはその湖に浮かび上がっていた箱を回収して、中から目的の物体を入手した……のだが。
「え……何、これ?」
「これはまさか……エレインのメッセージか!?」
「でもそれ以外にも何か入っているわよ?」
箱の中から出て来たのは、エレインからのメッセージが書かれている紙切れが一枚と、厳重に布で梱包されている何かの欠片だった。
それは恐らく、エヴィル・ワンの身体の欠片であろう。
こんな展開は今までに何回もあったので「またか」となるレウス達。しかし今度ばかりはこの欠片をカシュラーゼの連中に奪われない様にするべく、大事に保管しておく事を決意する。
そしてもう一つ、木箱の中に入っていたエレインのメッセージから彼女の行き先が判明した。
『このアイクアル王国にやって来て、のんびりとした時間を過ごす事が出来ました。しかしそれもある日、唐突に終わりを迎えます。ガラハッドが私を探して一人旅を始めたと聞きました。護衛もつけずにあの馬鹿は何をやっているのでしょうか? 私には不思議で仕方がありません』
「口悪いわね、この人」
アニータの冷静な突っ込みに頷いて返答したレウスは、更にエレインからのメッセージを読み進める。
「でも、そんな馬鹿が私の目の前にやって来るのはやっぱり無理です。なのでそうした事態が起こる前に、私は西のエレデラム公国に向かう事にしました」
「エレデラム公国まで逃げたのですね」
「そうね。こうやって西にどんどん向かったと分かった以上、私達もエレデラム公国に向かいましょう!」
「ああ、そうだな! それじゃアンフェレイア、急いでルルトゼルの村に向かうぞ!!」
『分かったわ。それじゃ私の背中に……ん?』
何かの気配を感じたアンフェレイアが、唐突に首を空に向かって向ける。
それに続いて人間達も同じ様に空に目を向けてみると、遠くの方で一筋の光が地面に向かって斜めに落ちて行くのが見えた。
「あら、流れ星かしら?」
「いや……違うわ。流れ星があんなに連続して落ちて来る訳が無いわよ!」
空に光が見える。
それは間違い無く、北の方で何かの異常事態が起こっている事を意味するものだとアンフェレイアが感づいた。
その証拠に、ドラゴンの姿である彼女が苦しそうに悶え始めたのだから。