604.クルト湖の底にて
通路の中は薄暗いものの、全くの暗闇では無い。
それもその筈で、二人が今こうして進んでいる通路は両側の壁に小さく明かり代わりの魔晶石が埋め込まれており、ほのかに暖かくて幻想的な光を生み出していた。
ここがこうした場所で無かったとしたら、それこそ観光スポットとして客が来るかも知れない様な光景である。
だがそんな通路を進んでいる二人は、その光景には目もくれないまま今のこの怪しい地下通路を進んでいる。
先程から聞こえて来る声は少しずつ大きくなっていると同時に、複数人がそれぞれ別の会話をしているらしく、ザワザワと色々な声が入り混じっているのが分かる。
そしてこの通路の壁にこうやって魔晶石が埋め込まれていると言うのは、ここが明らかに人の手で造られた場所だと言う事を物語っている。
(どうやらこの先には、かなり大勢の人物が居るらしいな……)
こうして通路を進んでいると、嫌でも緊張感が高まる。
それでも今は前を向いて進むしか無いと考えるエルザの前に、急に通路が途切れてその場所が現われた。
「むぎゅっ!?」
急にエルザが足を止めてしまったので、後ろからついて来ていたサイカは止まり切れずに彼女の背中に追突してしまった。
「ちょ、ちょっといきなり止まらないでよ……」
「静かに!」
「えっ?」
「今までずっと、緩やかにではあるが下に向かって下りて来ていた。その証拠に段々天井が高くなって来ていたんだ」
「……それで?」
「つまりこの先に、何者かが大勢集まっている場所がある」
声の反響具合からしてなかなか広い場所らしいし、先程から聞こえるこの大勢の声も相まって二人の緊張はピークに達しようとしていた。
通路の先は打って変わって岩が剥き出しの地面と壁になっており、以前シルヴェン王国で南のガルレリッヒ村の村長の息子であるイルダーに案内して貰った、あの坑道の光景が蘇って来る。
二人は武器を構えて何時でも戦える様にしながら、岩が剥き出しになっている場所へと足を進めて様子を窺う。
「ど……どうなってるの?」
「ここから見える限りでは、どうやら何かの発掘作業をしているらしいな。奥にある壁をコツコツと手作業で掘り進めている」
「掘ってんの?」
岩の壁に背中を張り付かせ、緊張した面持ちで先の様子を窺うエルザの横からサイカがヒョイと顔を出す。
すると確かに、緩やかな曲がり角になっているその先では大勢の人間や獣人が作業を進めている様子が見て取れた。
「何をしているのかしら。まさかこの湖の地下に何かお宝があるのかしら?」
「それは分からないが、あんなに大勢の人間や獣人がここで作業をしている事自体が怪しいだろう」
「王国から依頼されて、ここで作業をしている人足の人達って可能性もあるかも知れないわよ?」
そのサイカの指摘もあり得るかも知れない、と思ったエルザ。
しかし、その作業をしている人間や獣人達の服装を見てやっぱりその可能性は低いと思い直した。
「それも一理あるかも知れないが、今までの事を考えると可能性としては低いだろうな」
「何で?」
「まず、こんな場所でこうやって作業をしているあの連中の服装を見ろ。全員が緑を基調とした服装をしているだろう」
エルザにその点を指摘され、確かに……とサイカも呟く。
それを聞いたエルザは自分の考えを述べ始める。
「あの騎士団長のフェイハンって人の話によれば、例のブローディ盗賊団の団員達はそれぞれ緑を基調とした服装をしているって話だっただろう」
「まさか、あの作業をしている人達がそのブローディ盗賊団の団員達だって言いたいの?」
「そうだ」
しかし、サイカはその考えにはまだ納得出来ない。
「でもそれはちょっと考え過ぎなんじゃないかしら。だって、緑を基調とした服装をしているってだけで盗賊団扱いするのは、無理があると思うけどねえ」
「私が考える理由はまだ他にもあるんだ。良いから最後まで話を聞け」
サイカを制したエルザは、話し合いをしながら黙々と作業を続けているその集団を見つつ、残りの理由を説明する。
「私が思う理由は後二つ。まず一つ目は、あの連中が妙に武装している事だ。普通はこんな魔物の気配も無い様な場所で、物々しく武装したまま作業をするのは考え難い」
「でもそれって、このクルト湖の周りの森に多数の魔物が出没するからじゃないの?」
実際に自分達も、ここに来るまでに森の中で小さな魔物と戦ったり、大型の魔物をやり過ごしたりしてようやく辿り着いた場所である。
だから武装しているのはおかしくないだろうとサイカは考えるが、エルザは更に突っ込んだ観点からその違和感を覚えたのだ。
「それは確かに分かる。もっと言えば、私も貴様もこうやって武器を構えながらあの連中の様子を窺っているんだからな。だが、岩の壁を掘り進めるのに剣が必要になるか?」
「いや、それは確かにいらないけど……」
「斧で岩盤を砕いたり、弓で穴を開けて掘り進められるか?」
「無理ね。……そうか、作業の邪魔になる筈の武器や防具をああして装備したまま作業をしているのは、不自然だって事ね?」




