603.クルト湖の見つかった拠点
「……え?」
「音、おかしくないか?」
イライラしていたその気持ちが、一瞬で懐疑心に変わるレベルの衝撃があった。
それがこの、床下から聞こえて来た妙に軽い音。
こうやって床を蹴ってみた時、普通はもう少し重い音がしても良い筈だ。
なのに今の音は明らかに軽い。そう、まるで何か空洞が下にあるかの様な感触の音だった。
二人は今までのイライラと言い争いも忘れ、顔を見合わせて頷く。
もしかしたら先程の、エルザが床を指差した時に何か見落としている事があるかも知れない。
そう思った二人は、相変わらず埃っぽい木目調の床を今度は注意深く調べ始める。
すると、その違和感を先に覚えたのはサイカだった。
「ねえここ、この床の継ぎ目を見て。ここ……ちょっとだけズレているわよ!」
「む、本当だな。このズレ方からすると壁に向かって平行にズレているから、もしかすると……」
何かに感づいた様子のエルザが、ブーツのつま先でその僅かなズレを辿ってみると、徐々にそのズレの全体像が見えて来た。
どうやら部屋の端から端に向かって溝が掘られており、大きく上に向かって上げるスタイルらしい。
そのフタになっている場所の端は何処になるのかと探ってみると、一方の壁の端にある床板の一部が小さく窪んでいる。
床板の底から上に向かって窪んでいるのは、これが引っ張り上げる為にわざわざ作られたと言う事は想像に難くなかった。
「思った通り、これはフタね……」
「開けるか?」
「開けないと話が進まないわよ。でも用心しましょう」
「そうだな」
エルザはバトルアックスを取り出して身構え、サイカも緊張感が漂う中でゆっくりとなるべく音を立てない様にフタを上げる。
木製のフタだからこそなかなか軽く出来てはいるが、それでも幅があるので割と重い。
「ぬぐぐ……!!」
「頑張れ、もう少しだ!」
ギギギ……と木が軋む音がログハウスの中に響き渡りながら、ゆっくりとフタが押し上げられて行く。
そして何とかフタを押し上げ終わったサイカと、バトルアックスを構えて身構えながらその様子を見守っていたエルザの目に飛び込んで来たものは、簡素ではあるが地下に続く造りをしているこれまた木製の階段であった。
「おい、階段の板を見ろ。ここにも足跡がついているぞ」
「本当ね。と言う事はここを通って誰かがこの先へ向かったとみて間違い無さそうね」
「それだけじゃない。この足跡とは反対向きについている足跡もあるから、ここが出入り口として使われている場所なのだろう。この足跡の状態からするとまだ新しいみたいだから、この先に誰かが居るだろうな」
今の所は特に話し声も足音も聞こえて来ていないが、身を潜めて静かにしているだけかも知れない。
どちらにせよこの先に進んで中を調べてみない事には何も始まらないので、サイカもシャムシールを引き抜いてエルザの後に続いて階段を下り始める。
しかし、階段を下りてその先の通路を歩き始めた所でふとサイカが気が付いた。
「あれっ? でもちょっと待ってよ」
「どうした?」
「だってこのままこの先に進んで行ったら、間違いなく湖の中に入っちゃうと思うんだけど。方向的に湖の中にこんな通路を造ったって事なのかしら?」
「……それは確かにそうだな」
獰猛な肉食魚も居る事で知られているこのクルト湖の中に、こんな通路を通すだけの技術が単なる盗賊団にある訳は無いだろう。
そう考えるエルザだが、今までの旅路を振り返ってみるとあり得ない事とは言い切れないなとすぐに考えを訂正する。
「でも、レウスがこの現代に五百年前から転生して来た事から始まって、カシュラーゼが新しいあのハンドガンとやらの兵器を生み出したり、生物兵器を世の中に放ったりしているのを見ると、あり得ない話があり得るのが世の中の不思議な事だ。となるとこの通路だって、カシュラーゼからのバックボーンがあればブローディ盗賊団の連中が造る事だって不可能では無いんじゃないのか?」
しかし、それに対してサイカは首を捻って悩む。
「それは私も思うわ。でも、単なる盗賊団にカシュラーゼって言う国がバックアップをするかしら? 今みたいにエヴィル・ワンの身体の欠片を始めとして、エレインとかライオネルとかの手掛かりを求めて行動しているならまだしも、この通路は出来てから結構時間が経っているみたいよ?」
「分かるのか?」
「分かるわよ。壁の塗装だって剥げているし、床にヒビだって入っているし。出来立てほやほやでこんなに劣化するなんて事は考えられないわね」
もし出来立てでここまで劣化しているのであれば、それは間違いなく下手糞な工事をしていたとしか思えないサイカ。
もしかしたらここは、以前何処かの誰かが使っていた通路を再利用して拠点にしているのではないだろうかと考えるサイカの耳に、僅かではあるが誰かの話し声が聞こえた。
「……!?」
「どうし……」
「しっ、黙って! …………聞こえるわ、誰かの話し声」
「何っ、それは本当か!?」
「だから少し黙ってて!」
耳に意識を集中させて話し声がもう一度聞こえて来ないか試すサイカ。
するとやはり、ほんの僅かではあるものの何者かの声がこの地下通路の先から聞こえて来ている。
「やっぱり聞こえる。この先から聞こえるから、用心しながら進みましょう」
「分かった」




