602.クルト湖の小屋の謎
武器を構えながら小屋の中に入った二人だったが、てっきり待ち伏せでもされているのかと思いきやその中は無人の室内があるだけだった。
本当ならこの中でブローディ盗賊団の連中と戦いを繰り広げる筈だったのだが、予想が外れた結果になる。
しかし、これはこれでありがたい。
この小屋が本当にフェイハンの言っていた通りブローディ盗賊団の拠点として機能しているのかを、じっくり調べるだけの時間の余裕があるからだ。
「だが、余り時間を掛け過ぎるのも問題だ。ここに何時盗賊団の連中がやって来るかが分からないからな」
「そうね。それじゃさっさとその拠点とやらを探してみましょう」
エルザもサイカも、こんな古ぼけて朽ち果てそうな小屋が奴等の拠点の一つな訳が無い。
もしかしたら何処か別の場所に拠点を作っておいたのではないか?
王国騎士団がエドガーの手によって買収されているのだし、それが本当だったらフェイハンの話が何処まで本当なのかが分からないので、もしかしたら自分達は嘘の情報によってかく乱されているのかも知れないとまで思ってしまう二人。
だが、先にこの小屋の中で違和感を覚えたのはエルザだった。
「ふう……やっぱり何も変わった所は無さそうよ。物が散らばっていて埃っぽくて汚いし……は、ハックション!!」
「大丈夫か? 確かにここはかなり埃っぽいな」
「ええ……もう長い時間、ここに人が入った形跡も無さそうだし……やっぱり外れだったのかしら?」
そんなサイカの予想を、エルザは首を振って否定する。
「いや、そうと決めつけるのはまだ早いみたいだぞ」
「えっ、何で?」
冷静なエルザは埃まみれの筈の床を指差した。
「見ろ」
言われてサイカは、エルザが指差す方角を見る。
今まで散々床を歩き回っていたからか、埃の量が床は明らかに少ない。しかし、それはサイカにも分かっていた。
「……ただの床じゃない。ちょっとまだ埃っぽいけど」
「そうじゃない。見るのはこれだ」
「え……?」
エルザがしゃがみ込んでもっと床の近くで床を指差すので、その動きに呼応してサイカもしゃがみ込んで床を覗き込む。
その彼女の動きを確認したエルザは、この小屋の中の違和感を説明し始めた。
「ここにある足跡は私達の靴跡も混じっているが、良く見てみると他の人間や獣人の足跡も混じっている。つまり、ここに誰かが出入りしていた証拠だ」
「あ、そっちの話?」
「え?」
「いや、私はてっきり床に何かがあるのかとばっかり思ったのよ。見ろって言いながら指差すもんだから何かなーって思って」
変な所にこだわるもんだなー、とエルザはサイカの話に驚きを隠せない。
そしてサイカのその発言から、段々と話が変な方向に曲がって行く。
「それがまさか、床にある足跡の事だから拍子抜けよ」
「……貴様は気付いていなかったのか?」
「だから何に!?」
「足跡に決まっているじゃないか」
「……どうやら、私と貴女の間にはかなり思考回路に差があるらしいわね」
エルザは足跡の話をしていたのに、サイカは床下に何かがあるのかと勘違いして変に話が噛み合いそうになっていた。
その誤解が解けたのは良かったのだが、これから先の話でこんな誤解がもう二度と無い様に、サイカはエルザに忠告しておく。
「とにかく、話に主語をつけてくれないと分からないわよ。最初から足跡の話だって分かっていたら私もここまで混乱する事も無かった筈なのに、見ろとしか言わないからこうして話が噛み合っていなかったんでしょうが。だから今度からはちゃんと主語をつけてよね!」
「……お、おう……分かった」
そこまでキレる様な話なのかとエルザはかなり腑に落ちなかったが、ここで何かを言い返すとまた話が変な方向に向かいそうなので、素直に理解を示す返事をして話を本題に戻す。
「それでこの足跡だが……かなりの種類がある。つまりこの小屋に大勢が出入りしていた証拠だが、この荷物置き場になっている小屋に置かれているその荷物を移動した形跡は無い」
「って事は、ここの元々の関係者じゃなくてブローディ盗賊団の団員達が出入りしていたって可能性があるわね」
「そうなる。良し、もっと色々な場所を探してみよう。私はこっちを探すから、貴様はそっちを頼むぞ」
再び二人に分かれて、この小さめのログハウスの中を探しに掛かる。
まだ調べていない場所があるので、きっとここに何か見落としている事がある筈だと信じて。
しかし、その信じる心に反して何か気になる物は見つかりそうに無い。
おかしい、きっとここには何かがある筈なのに……と焦る気持ちがエルザとサイカのイライラを募らせて行く。
「何か見つかったか?」
「何も見つからないわよ。そう言う貴女はどうなのよ?」
「こっちも特に何も気になる物は見当たらないぞ」
「何で見当たらないのよ!?」
「……何なんだ、さっきから貴様は一体。私に対してそんなに腹が立つ事があるのか?」
今度ばかりはエルザも我慢出来なかった。
「さっきもそこまで私が言われる筋合いが無い位に言われたんだが、貴様の情緒は一体どうなっているんだ?」
「別にどうもしないわよ!」
「だったらその態度はおかしいんじゃないのか?」
「……あーっ、もうイライラするわねっ!!」
完全に会話の歯車が噛み合わなくなってしまった苛立ちから、サイカは床を思いっ切り靴の裏で蹴り付ける。
その瞬間、ログハウスの中にやけに軽い音が響き渡った。




