601.クルト湖の見つからない拠点
湖の拠点があるかも知れない場所の近くに降り立ったエルザとサイカは、とりあえずまずは辺りの様子を探ってみる。
「こう言う時に探査魔術が使えれば、敵の位置を確認出来て便利なのだがな」
「仕方無いわよ。アレットとレウスしか使えないんだから、その分は慎重に行く事でカバーしましょうよ」
「言葉の意味が若干違う様な気がするが……まぁ良い、行くぞ」
今までのテンションの低さからすっかり回復したらしいエルザは、本来の冷静で気高い性格に戻っていた。
しかしそんなエルザとサイカが幾ら探しても、目的の湖の拠点らしき場所は見つかりそうに無い。
「どうだ、何か見つかったか?」
「ううん、全然。そっちは?」
「こっちも何も無かったわね。確か小屋があるとかってあの騎士団長が言っていたから、もっと湖に近づいてみないと見つからないのかも知れないわ」
この湖は深い森に囲まれている場所であり、その名前をクルトと言う。
クルト湖へとやって来たまでは良かったものの、まずはその周りの森を越えなければ湖まで辿り着けないので、二人は森の外でワイバーンを降りて湖に向かって歩き出したのだ。
だが、敵の弓や魔術での襲撃に備えてワイバーンを降りたのが原因となり、森の中を湖までの道に沿って歩くだけでもかなり体力を消耗した。
(深い森だとは聞いていたけど、まさかここまで深いとはちょっと想定外だったな……)
だが、だからこそ盗賊団が身を隠すのにはうってつけの場所だとも言える。
相手はこのアイクアル王国の中で活動していると有名な、ブローディ盗賊団の一味。その一味がこの中に潜んでいるからこそ、二人はここまでやって来た。
森の中はただ深いだけではなく、野生の魔物も小さなものから大きなものまで生息している。パーティーメンバーが全員揃っていれば魔物を駆除しながら先に進めただろうが、あいにく今は二人しかメンバーが居ないのでなるべく無駄な戦闘は避け、小さな魔物だけを最小限に排除しながら森の中を進む。
「出来れば小さい魔物も含めて、無駄な戦闘は極力避けるべきね。この森はかなり深いみたいだから体力を無駄に消費したくないし、戦闘時の音で敵に気付かれでもしたらそれこそここまで慎重にやってきた努力が全て水の泡よ」
サイカのセリフにエルザも頷き、やっとの事で森を抜けた頃には体力を消耗していたので少し休む。
今回の様にブローディ盗賊団の拠点を見つけてそこに潜入する為には、隠密行動が何よりも重要なのだ。
(やはり探査魔術が使えない事には、そうそう簡単に敵の拠点も見つからないか……)
敵の気配が集まっている場所が分かれば、それで拠点の場所も芋づる式に判明するのだが、二人は探査魔術が使えないのでそうも行かなかった。
ここはやはりサイカの言っていた通り、まずはその小屋とやらを探してみるか……とこの広大な湖を眺めてエルザが決意する。
「ここは天気も良いし、これでこんな任務を請け負っていなかったらちょっとしたピクニック気分よねー」
「そうだな。それで……その目的の小屋って言うのは何処にあるんだ?」
「さあ?」
「さあ……って、貴様、まさか聞いていないのか?」
「聞いていないも何も、小屋の場所の正確な位置は分からないってあのフェイハンって騎士団長が言っていたわよ。貴女こそちゃんと話を聞いていなさいよ、エルザ!」
やや強めの口調でサイカに言い返され、うっと言葉に詰まったエルザは無言で踵を返して歩き始める。
その様子を見て、こういうプライドの高さはこの女の弱点よね……と心の中で呟くサイカ。
その段々ギクシャクし始めている二人は、クルト湖を水面の淵に沿って歩き始めた。
これは一周するのにどれ位掛かるのか見当もつかない。もしかしたら一日掛かっても一周する事が出来ないんじゃないのか? と思っていたのだが、その不安な気持ちを吹き飛ばす光景が目の前に現われた。
「あら? もしかしたら小屋ってあれの事じゃないの?」
「あれか?」
クルト湖の淵に沿って歩き続ける事、およそ十分。
二人の目の前に現われたのは、湖の上を進んで観光する為にボート等を保管している荷物置き場の小屋だった。小さめのログハウスのいで立ちをしてはいるものの、やはり荷物小屋と言うだけあってか手入れは殆んどされておらず、外観はかなり汚れている。
それを見て先に進もうとしたサイカに対し、エルザはふとフェイハンのこんな話を思い出した。
「そう言えばあの騎士団長、こんな事を言っていたな。確かこのクルト湖の中には獰猛な肉食魚が棲みつく様になったって」
「そうね。観光客を含めてこの湖の周りにこんなに人が居ないのは、盗賊団の拠点になっているかも知れないって言う噂だけが原因じゃなくて、もしかしたらその肉食魚を恐れてボートを借りて湖の上に出る人が居なくなったからなのかも」
その証拠に、荷物置き場のログハウスの横には「肉食魚注意、ボートの貸し出しは無期限延期」と書かれた立て札が設置されているのだ。
となると、その盗賊団はまさか人が寄り付かなくなったこの小屋の中を拠点の一つにしているのか? と首を傾げながら、二人は小屋の中へ足を進めた。




