600.甘さ
だがそれでも、あのレイベルク山脈に集まって大砲を造っていた事は知っている筈だと更に追求するドリス。
「でも最近、貴女達がレイベルク山脈に出入りして大砲を建造していたのは知っているのよ。もしかしたら山脈の中に本拠地があるんじゃないの?」
「ううん、本当に知らない。私達は本部の拠点を持たないし、持っていたとしても何も聞いていないから」
「そう……じゃあリーダーが今何処に居るのか連絡をして確認してくれない?」
「残念だけどそれも無理。リーダーは向こうからやって来て連絡事項を回すだけだから、私達は拠点で連絡を待つしか無いの。それかもしくは、月に一度連絡があってここに集まってくれって言われてそこに向かってその月の実績を発表する定例発表会があるから、その時にしか集まらないわ」
「まさか、その集まる場所も毎回バラバラだったりするの?」
「そのまさかよ。だから次の定例会も何処の場所でやるかは私達も連絡が来ないと分からないわ」
色々と情報は聞き出せた。
このミリスからはこれ以上聞き出せそうな話も無さそうなので、二人はとりあえず王都のロンダールに戻る事にする。
しかし、その為に踵を返した二人を見てミリスが声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。私をこのまま放って行く気なの!?」
「そうだけど」
「いやいやふざけないでよ!? このままここに放っておかれたら餓死しちゃうでしょ!!」
しかし、アニータはそのミリスのセリフに対して真顔で言い返した。
「私に対して矢を放ったり、ナイフを突き立てて殺そうとした貴女をどうして助けなければならないの?」
「こ、こっちは指が折れているのよ!?」
「ええ、私が折り曲げたんだから当然よ。しかも三本。だけどだからってそのロープを解いたら、きっと貴女は反撃して来るでしょうね。指二本でも持とうと思えば弓は持てるし、そのナイフは右手で握れるし」
そう言いながら、先程ミリスにチラつかせていたナイフを彼女の足元に置いたアニータは、相変わらず真顔のままで告げる。
「どうしても助けて欲しいのであれば、協力はしないけどこれで頑張るのね」
「ふっざけんじゃないわよぉ!? 見てなさい……必ず私の弓が貴女達を仕留めるんだからね!」
「そうやって大声を上げる元気があるなら、両手の指を全部へし折ってあげても良かったかしらね。でも安心して。私は優しいから左手の三本だけで勘弁してあげるから」
「まっ、待ちなさいよ……これを解いて行けって言ってるのよ!!」
未だにギャーギャー喚き散らすミリスの声を背中に聞きながら、アニータはドリスを先導する形で歩き出す。
そのアニータに対して、ドリスは心配そうな口調で声を掛けた。
「あれで本当に良かったの?」
「何が?」
「何がって……ロープ解いて来なくて本当に良かったの?」
それこそ本当に餓死しちゃうかも知れないわよ、と聞くドリス。
しかしアニータは無表情のままで反論する。
「まだそんな甘い事を言うつもりなの?」
「甘い?」
「そう、甘いわ。忘れたのかしら? あの女は私達を殺そうとして来た連中のトップだと言う事を」
「いや、それは忘れてはいないけど……」
「だったらもっと肝に銘じなさい。貴女が敵に対して甘くすればする程、敵はつけ上がるのよ。そしてその甘さが後にとんでもない事を引き起こす切っ掛けにもなったりするの」
まして、今回の相手は自分達を殺そうとした相手なので尚更甘くする必要は無い。
そう言うアニータは話を切り上げ、ドリスに迎えを呼ぶ指示を出した。
「さぁ、分かったならさっきの竜の笛であのワイバーンを呼んでここに迎えに来させて。ここで何時までも留まっている時間も理由も無いわよ。私はその間に他のグループに連絡を入れるから」
「う……うん」
納得出来ない感情が心の中に渦巻きながらも、確かにここに留まっている時間も理由も無いのはアニータの言う通りだ。
なので竜の笛を吹き鳴らしてワイバーンを呼び寄せ、ドリスはアニータとともに王都のロンダールに向かう決意を固めた。
◇
南の湖にあるとされている拠点に向かったサイカとエルザのコンビは、やっとの事でその湖が見える位置までワイバーンを飛ばして来た。
「さて、そろそろ降りましょうか」
「そうだな。弓兵とかに狙い撃ちされたら危険だ」
彼女達もドリスとアニータのコンビと同じく、弓兵からの狙撃を警戒して早めに降下する。
だが、肝心の拠点は一体何処にあるのだろうか?
「あの騎士団長の話によれば、確か湖の近くにその拠点があるって話だったがな」
「あれっ、確か湖のほとりに小屋みたいなのがあるって話じゃなかったかしら?」
「そうだったかな……まぁ、とにかく湖の近くまで行けば何かあるかも知れないな」
二人は騎士団長のフェイハンの話を思い出しながら、その湖の周辺を探ってブローディ盗賊団の拠点と思わしき場所を探してみる事から始めた。
あの騎士団長の言っている事がアバウトだったのもあって、これは探すのに骨が折れそうだと思っていたサイカとエルザの二人だったが、それ以上に骨が折れそうな出来事が二人を待ち構えていた。




