597.尋問
木に縛り上げたこの弓使いの女に対し、まずはアニータがパンパンパンッと往復ビンタをお見舞いして文字通り叩き起こした。
「ぶほっ!?」
「ほら、さっさと起きなさいよ。貴女にはまだまだ聞きたい事が山程あるんだから」
背中への衝撃を最後に意識が途絶えていた弓使いの女は、顔への衝撃でその気絶から回復した。
それと同時に、この女が自分を砦の屋上から落とした女だと記憶が蘇る。
「あ……貴女は確か、あの屋上から私を突き落とした小さい女!」
「小さい、は余計よ。それよりもこれから私達がする質問に答えて貰いましょうか。もし拒むと言うのであれば貴女の指を一本ずつ貴女のこのナイフで切断して行って、二度と弓が握れない様にするから」
そう言いながら、女があの屋上で自分に突き刺したナイフをちらつかせるアニータ。第三者が見たら、これではどちらが盗賊団なのか分からない状態である。
しかしこの縛られている女は間違い無くブローディ盗賊団の一員なので、ここで色々と聞き出さないとわざわざワイバーンを使ってまでここに来た意味が無いし、何の手柄も無いまま帰る破目になってしまう。
「まずは貴女の名前から教えて貰おうかしら?」
「……」
「じゃあ、このブローディ盗賊団の貴女の立場は?」
「……」
「貴女はどうしてこんな場所に居るの?」
「……」
「このメモは何なの? ルルトゼルって書いてあるのを見ると、恐らくこのアイクアルの北の方にあるルルトゼルの村の話だと思うけど、詳しく教えて貰えないかしら?」
「……」
ドリスが何を聞いても、女はそっぽを向いたまま完全に無視を決め込んでいる。
どうやら何も話す気は無いらしい。
確かに自分がこの女の立場だったら、自分達ブローディ盗賊団の事をベラベラと他人に話す様な事はしないだろうと納得する。
(納得はするけど……でも今の私はそんな立場じゃないのよね)
この女が黙秘を貫くつもりなら、アニータの言う通り彼女の指を切り落としてでもその口を割らせるしか無いであろう。
流石にそこまでの残虐な事をするつもりはドリスには無いものの、傍らで一連の流れを見ていたアニータは無表情のまま一つ頷き、とんでもない行動に出た。
「無視を続けるつもりなら、こっちにも考えがあるわ」
「……ねえちょっと、まさか本当に指を切り落とすつもりじゃないわよね?」
「まあ見ていなさい」
心配そうな口調のドリスの質問に、曖昧にそう返事をして金髪の女の元に歩み寄るアニータ。
そして彼女は木に縛り付けられている女の左手の小指を掴み、力を込める。
「今から貴女に五秒の猶予を与えるわ。五秒経っても答えない場合、まずはこの指が折れる事になる。その次は隣の指。更にその次は隣の指よ」
「……」
「言いなさい。このメモの内容は何? 五、四、三、二、一……ゼロ」
ゼロの言葉と同時に、森の中の木々にやけに鋭く「ベキン」と言う音が反響する。
「ぐうううううっうううううっ!?」
「えっ……本当に折ったの!?」
「当然よ。だって忠告を無視したんだから」
左手の小指があり得ない方向に曲がってしまった金髪の女と、それを見ながら「まさか本当にやるとは……」と唖然とした様子を露わにするドリス。
それを見ても無表情のまま、淡々とした口調で答えるアニータ。
そして指を折られた女の額からは、大粒の汗がダラダラと流れて来た。彼女なりのプライドなのか悲鳴を何とか抑え込んだものの、アニータの指はすぐに次……薬指へと掛かる。
「もう一度聞くわよ。このメモに書かれている内容を私達に教えなさい。ルルトゼルで貴女達は一体何をしようとしているの?」
「……っ!!」
「五、四、三、二、一……ゼロ」
「うぎゃああっ!?」
また「ベキン」と言う音が反響したかと思えば、今度は流石に抑えきれなかった悲鳴が女の口から洩れた。
それを見たドリスがアニータを止めに入る。
「ちょ、ちょっと流石にやり過ぎよアニータ!」
「どうして?」
「どうしてって……こんな光景を見せつけられて、気持ちの良いものじゃないでしょ! それに相手だって何を考えているのか分からないんだし……」
だが、アニータはそんなドリスに対して相変わらずの淡々とした口調で突き放す。
「なら見なければ良いじゃない。目を閉じてそっちを向いていなさい」
「その折れる音も嫌なのよ!!」
「じゃあ耳を塞いでいなさい。その両手は武器を持つ為だけにあるんじゃないわよね?」
「だ、だからってここまでする事は……」
「これは尋問なの。尋問は貴女が思っている程に生易しいものじゃないのよ。それにこの女はブローディ盗賊団の一員として活動していて、これ以上の事を誰か他の人にやって来た事だって当然ある筈なんだから、これ位の痛みは大した事も無い筈だし」
「そ……そこまでしていないわよ、私は!!」
木に縛り付けられて目を覚まし、尋問が開始されてから初めて女が口を開いた。
それを見たアニータが女の方に顔を向け、無表情のまま率直な感想を口に出す。
「喋れる元気はまだあるみたいね。だったら質問にも答えられるわよね?」
「……」
「同じ質問を何度もさせないで欲しいわ。このメモの内容を早く答えるのよ。次の中指を折られたくなければね」




