57.タイマン
廃墟のエントランスは戦うのに丁度良い広さなので、お互いに構えたままウォレスがレウスに問う。
「魔術が使えなくなった気分はどうだい?」
「悪いね。かなり悪い。まさか俺の魔術が使えなくなる何かをやったのか?」
「まあね。そうしないと君に魔術を使われて逃げられてしまうからねえっ!!」
そう言ってマチェーテを振り被って向かって来るウォレスの動きを良く見て、上手くロングソードを合わせて弾く。
だが、自分と同じ位の体格のウォレスの方が自分よりもパワーが上なのに気がついたレウスは、刃から腕に伝わる痺れに顔をしかめる。
「ぐう……!?」
「ふふ、痛いかな?」
「まだまだあ!!」
「あっそう。それじゃ続けようか!!」
相手の方がパワーが上なら、まともにやり合えばやり合うだけこっちが体力的に不利になってしまう。
しかも今の自分は魔術が使えないので、下手にダメージを受けられないのが何より精神的にキツイ。
それはウォレスの方も分かっているらしく、アグレッシブにガンガン攻めてレウスを一気に追い詰めようとしている。
「ふっ、はっ、くらえっ!!」
「ぐっ……」
こうして攻撃を受けている限りは、この世の中に存在する剣の技術は五百年前と変わっていないらしい
が、その一般的な剣術を使うウォレスの方から物凄い気迫が伝わって来る。
現にこうして、受け止めた筈の攻撃で押し切られてしまったレウスが後ろに向かって吹っ飛ばされてしまったからだ。
「うおあっ!?」
「ちょっとちょっと、もうお終いとか言い出さないでよ。こうして一対一で戦っているんだから少しは楽しませて欲しいよね。それともあの人が言っていた、五百年前の勇者アークトゥルスの生まれ変わりだって話は嘘だったのか?」
「俺はもう、アークトゥルスじゃない……!」
廃墟となって、至る所で壁が剥がれたり床が抉れたりしているエントランスに倒れ込んだレウスを見下ろし、ウォレスは彼の顔面にマチェーテを突きつけて鼻を鳴らした。
「ふん、五百年前の勇者ってのも大した事は無いもんだね。それだったらさっさと捕まってあの部屋にまた入って貰わないと。部下も多数殺されたみたいだから本当は八つ裂きにしてあげたいけどね。僕だって君の英雄話に憧れていた人間の一人だったんだけど……その勇者がこんなに弱っちい奴だったなんて非常に残念だよっ!!」
ウォレスは致命傷にならない程度の一撃を繰り出してレウスを大人しくさせるべく、マチェーテを振り被る。
だが、それがレウスのチャンスとなりウォレスのミスとなった。
「うぉらあ!!」
「ぐほぉ!?」
ウォレスがマチェーテを持った腕を振り被るとほぼ同時、レウスは仰向けに倒れ込んだままの姿勢から右手を突き出してウォレスの脇腹にロングソードを突き刺した。
これには思わず動きを止めるしか無いウォレスだが、それがまたレウスのチャンスとなった。
ロングソードの柄から一旦手を離し、動きの鈍くなったウォレスの両足をそれぞれの手で掴んだ。
パワーに勝る相手と言っても体格は同じ程度なので、両手で掴んだその足を力任せに引っ張り、グルグルと勢いをつけてブン回すレウス。
そしてかなり勢いが付いた所でパッと両手を足から離してやれば、遠心力でウォレスの身体が壁に向かって吹っ飛んで行った。
「うおあああっ……ごふっ……」
はあはあと息を切らせるレウスの視線の先には、地面から突き出た鋭利な大きい石の破片に背中から突き刺さり、そのまま動かなくなってしまったウォレスの姿だった。
それを見てレウスは安堵の息を吐くが、すぐに後悔の念が湧いて来る。
と言っても人を殺めてしまっての後悔では無く、彼を殺してしまった事によって自分が何故誘拐されたのか等の大事な話が聞けなくなってしまったからである。
(くそ……これじゃあ俺を何で誘拐したのかが分からなくなってしまったじゃないか!!)
だけど、もしかしたらここをアジトにしていたウォレス達の所持品がまだこの建物の中にあるかも知れない。
そうだとしたら早速探してみようと思い、立ち上がって歩き出したレウスの後ろから殺気が一気に膨れ上がる。
「うらあああっ!!」
「なっ……」
完全に息絶えたと思って油断していた自分を、これだけ恨めしく思ったのは後にも先にもこの時だけかも知れない。
背後から気配を殺して忍び寄っていたウォレスが、マチェーテを構えて一直線にレウスに向かって突っ込んで来たのだ。
気づくのが遅れたレウスは身体の動きも遅れる。
それでも何とかギリギリで回避しようと身体を捻ったその瞬間、ヒュッと風を切る音と共にウォレスの方から「うっ……」と呻き声が聞こえた。
そしてウォレスの動きが止まり、彼はゆっくりとうつ伏せに地面に倒れて今度こそ動かなくなってしまった。
彼の胸から背中に掛けて矢が貫通しているのだが、一体誰がこんな事を……とレウスは素早く辺りを見渡すが、矢の射手が先にレウスに向かって声を掛ける。
「全く、最後まで油断しちゃいけないってのは戦闘の常識だぞ、レウス……いや、アークトゥルス?」
「あ……あれ!?」
赤いロングコートを着込んだ男口調の、忘れもしない茶髪のその女。
それはまさしく、ここに居る筈の無いマウデル騎士学院の現在の首席……エルザ・テューダーだった。




