589.狙われる存在、潰さなければいけない存在
だからこそ、レウスはもしかしたら……と考えてしまう。
あの複雑そうな表情だけでそこまで考えるのは本当に考え過ぎかも知れないが、やはり万が一と言う事も考えられるので今回の情報共有に至ったのだ。
「あの二人がブローディ盗賊団の手先になっているのでは? って言っていたけど、実際に私達は出会った事が無いからその二人を見ても分からないかもね」
「それはあるわね」
王都ロンダールから西の方にある平原に、ブローディ盗賊団の拠点の一つがある。
ワイバーンでそこに向かうはドリスとアニータだが、レウスのその情報共有から始まった話をいきなりアニータが変える。
「……一つ聞きたいんだけど」
「え、何?」
「貴女、レウスと一緒にお風呂に入ったの?」
「ええそうよ、昨日の夜に入ったわよ。と言うか貴女も私達と一緒に城の中に居たでしょ?」
「居たけど、私はその時は自分の弓を手入れしていたから浴場の事までは分からないわ。でも男女共同で入るなんて、ちょっと変よね」
自分の腰に抱き着いているアニータのセリフを後ろから聞き、ドリスが苦笑いしながら答える。
「そうねえ、思い返してみればちょっと変よね。でも私達はレウスの事は気に入ってるから」
「そうなの?」
「うん。たまに気取ったりする所とかは気持ち悪いって感じる事はあるんだけど、それでも私達のリーダーとしてここまで引っ張って来てくれたんだからね」
それに、とドリスは続ける。
「男の人と一緒にお風呂に入るのは、私の家では普通だったのよ」
「そうなの?」
「うん。ほら……仕事柄だから男の人が多くてね。勿論女の従業員の人も居るんだけど、男の人が圧倒的に多いの」
「それは分かるわ」
「分かるでしょ。それで牧場には従業員用の寮もあって、そこに寝泊まりしている人も居てね。私と姉様はそこの掃除とかの手伝いもしていて、手伝いが終わったらその流れで一緒に男の人ともお風呂に入っていたりしてたから抵抗は無いのよね」
だから男の人の身体を洗うのにも抵抗は無いし、レウスもレウスで一緒に入るのは最初は拒否していたが、結局は姉妹に強引に連れられて浴場へと入れられ、身体を洗って貰ったらしい。
結構強引な所があるのねー……と若干このドリスの回想に引き気味になりながらも、前を見据えてアニータは平原の拠点が見えて来るまで色々と考え始めた。
「ブローディ盗賊団の拠点……主な拠点は三か所。それは良いんだけど、ブローディ盗賊団の大まかな人数も分かっていない以上は警戒して行くしか無いわね」
「ええ。だから少し離れた場所にこのワイバーンを着陸させ、そこから徒歩で向かうわよ」
平原は見通しが良くて戦いやすいのだが、その反面こうして空から向かう分には敵に発見されやすいと言う欠点もある。
ワイバーンと日常的に触れ合って来たドリスはその事を分かっている。
一方、弓使いとして空からやって来る魔物を仕留める為に矢を放つアニータは今の自分達とは逆に、地上から敵を狙い定める立場でずっと行動して来た人間なので、空を飛んでいる獲物を狙う事の難しさと一緒に、地上から突然矢が飛んで来る恐ろしさも分かる。
「夜で空が闇に覆われている状態ならまだしも、こんな朝から自分達の方に向かって飛んで来る大きなワイバーンが居たら、それはどうぞ狙って下さいって相手に言っている様なものだわ」
「そうね。ワイバーンって普通の鳥とは違ってかなり大きいしねえ。例えそれが生まれたてののワイバーンでも、普通の鳥よりも大きいんだし……」
こうして話している間にも、その平原の拠点に向かってワイバーンはぐんぐん近づいて行く。
作戦会議の時にフェイハンから聞いた情報によれば、この平原の拠点は使われていない砦を改装した建物らしいのだ。
「元々は戦争の拠点の一つとして建てられたらしいんだけど、戦争が無くなるにつれて用済みになった砦がそのまま放置されて、手頃な雨宿りの場所として使われていたみたいね」
「そしてそれが、今では盗賊団の拠点になっているのね」
このアイクアル王国はエンヴィルーク・アンフェレイアの世界でもトップの領土の広さを持っている王国である。
なので国内の色々な場所に色々な町や村があり、そして砦もある。
そう言う場所を放置していた結果、こうして砦が盗賊団の拠点にされてしまっている現状を踏まえてフェイハンは女王のオルエッタに取り壊しを依頼しているらしい。
だが砦を建てるのにも壊すのにも金が必要になるし、また戦争が起きた場合に拠点として活躍する時が来るかも知れないと言う国内からの声もあって、なかなか実現に至っていないのが現状である。
「でもそうやって先延ばしにしているから、こうやって占拠されて好きに使われちゃうのよね」
「分かる分かる。盗賊団の討伐をするのは当たり前だけど、その溜まり場も一緒に潰さないとどんどん増殖しちゃうわよ。虫だって同じ事だからね」
アニータは基本的に無口ではあるが、こうした必要な会話はきちんとしてくれるらしい。
この無口な女にも、ちゃんと人間の感情があったんだな……と感心すると同時に一安心する彼女は、ワイバーンを加速させて拠点へと飛んで行った。




