586.コルネールとアーシア
レウスのそのセリフに、今こうして対面している男女のコンビは怪訝そうな表情になる。
「俺達の事を誰から聞いたんだ? どうもただの人間じゃなさそうだな」
「あいつの話は……って言う所を見ると、誰か私達の事を知っている人から話を聞いたのよね。それに私達は確かに一緒に居る事も多いけど、そんなに四六時中こうして一緒には居ないのよ」
「え?」
「その事実を知っているのは、俺達と長く付き合っていて昔から俺達の事を良く知っている奴しか居ねえんだよ。で、てめぇは誰なんだ?」
徐々に口調が荒っぽくなって来る白髪のコルネールは、油断無く槍を握り締めてレウスを睨み付ける。
その横では彼のパートナーであるアーシアも、腰のショートソードに手を掛ける。
しかしそれを見てもレウスは冷静であり、ただ事実を伝えるのみでここから退散する。
「俺はレウス。それよりもあんた達に伝えたい事があるんだ」
「何だよ?」
「あんた達、ヴァーンイレス王国の出身だな? だったらこれだけ伝えておく。ヴァーンイレスは既に完全解放に向けて動き出している」
「解放だって?」
「そう。あんた達の耳には届いていないのか? ヴァーンイレス王国がカシュラーゼの支配から少しずつ解放されているって」
「何ですって? それって本当なの?」
レウスは二人の驚き様を見てから、深く頷いて話を続ける。
「そうだ。それを伝えに来たんだ。詳しくはヴァーンイレス王国に戻ってみれば分かるさ」
「えっ、それってもしかして誰か重要な人物がヴァーンイレスに戻って来たって話か?」
「ああ。あんた達も良く知っている筈の人物が戻って来た。それじゃあな」
「あ、ちょっと……!!」
それだけ言い残して去って行くレウスの後ろ姿を見て、コルネールとアーシアの二人は複雑そうな表情になる。
しかも決して喜びの表情ではなく、何かを考え込む様な。
「……何なのかしら、あのレウスって人」
「さぁな。だが今の話が本当だったら大体予想はつくぜ。ヴァーンイレスが解放に向かってるって話と、それから俺達が良く知っている筈の人物が戻って来たってなると、あいつしか思い当たらねえんだけど」
「私も、多分貴方が考えている人と一緒の人物を思い浮かべているわ」
でも、とアーシアは話を変える。
「まだ私達は戻る訳にはいかないのよね。この国でやらなきゃいけない事があるんだから」
「そうだな。騎士団が動き出しているってなると、それに関係してブローディ盗賊団も動き出す筈だから、とっとと計画を進めなきゃならねえよな」
この二人には秘密の計画がある。
ヴァーンイレスが解放に向かって動き出しているのは知らなかったが、それが本当だとしたら嬉しい。
……のだが、二人は世界中を転々としていてなかなかヴァーンイレスの話を聞くチャンスが無かった。王国が滅亡してから二人は生きるのに必死であり、幼馴染みだったサィードの行方も知らないまま傭兵として世界中を回っていたのだ。
そして今、この二人はブローディ盗賊団に雇われた傭兵と言う立場で活動しているのだ。
「で、話によるとあのレイベルク山脈の上にある大砲が壊されちゃったんでしょ?」
「そうだよ。だから俺達は今度そこに向かって大砲を造ってくれって団長のフランコって奴から指示を受けてんだよ。もっと別の場所に造りゃ良いのに、何であの場所なんだ?」
「それは多分……ほら、あのフランコって人の知り合いから連絡があったあの話じゃないの? 確か騎士団を買収したって」
「あー、そっか」
あの場所で建造していた大砲が壊されたとなると、普通は騎士団が現場検証をしに来たりして警戒心が強くなる。
しかし、それは今回騎士団が買収されているので何も気兼ね無くまた造る事が出来るだろう。
いざと言う時に騎士団もすぐ逃げられる様に連絡が行っているのだが、その騎士団に対して懸念事項が二人の中にあった。
「でもよぉ、騎士団の団長の何だっけ……あの変わった名前の女」
「ふぇい……ふぇ……ふぇ何とか?」
「そうそう、そんな名前のふぇ何とか。その女に買収の事実は知られていないんだろ?」
「そうらしいわね。あの女は騎士団長として女王陛下のそばに控えている事が多いから、買収は出来そうに無いってフランコの知り合いが断念したらしいわよ。だからいずれ、女王陛下と一緒にあの大砲を使って消し去ろうって計画があるのよね」
「おう、その為に俺達も傭兵団の人員として多額の報酬で雇われたんだよな」
雇い主がカシュラーゼであると言うのはこの二人は知らないのだが、何か大きな話が裏で動いているのは薄々感じ取っている。
しかし、傭兵は雇われた以上の事については雇い主に聞かないと言うのが暗黙のルールになっている為、コルネールもアーシアもそれ以上の事については聞くつもりは無かった。
「とにかく俺達はレイベルク山脈に向かおうぜ。ヴァーンイレスの現状がどうなっているのかを知るには、それからでも遅くはねえだろうしな」
「そうね」
ブローディ盗賊団に雇われた身である以上、報酬分の仕事はきっちりこなさなければならない。
その気持ちを胸に再度刻み込み、二人はレイベルク山脈に向けて歩き始めた。




