581.危機感ゼロ
そのアイクアル王国の女王は、燃える様な赤い髪が特徴的な女である。
この国のトレードカラーである黒を基調とした露出度がやや高めの服装で、手には虹色に輝く杖を持って玉座に優雅に座っている。
赤い絨毯が敷かれたその先にある玉座は、六段の階段を上がった先に存在しておりこれまた真っ黒に塗られている。そして所々に金色の縁取りがされているのを見ても、この玉座として使われている椅子はそれなりの価値があると見える。
その玉座に座っている女王が、目の前にひざまずくレウス達に向かって口を開いた。
「私はこのアイクアル王国の現在の女王、オルエッタ・アルマ・ヒバネルよ。貴方達がレイベルク山脈の山頂で、大砲を発見してそれを破壊したって言う話は聞いたわ。まずはその事に対して感謝をしないとね」
「は、はい……」
「ああ、それからこっちの彼女も改めて私から紹介しておかないとね。彼女は我がアイクアル王国騎士団で騎士団長を務めているフェイハン・チャオシャン。弓の使い手としては超一流よ。それじゃ……今度はそちらの自己紹介を一人ずつお願い出来るかしら?」
能天気な性格の女王だと話には聞いていたものの、こうして普通に喋っている限りでは余りそうは感じられないのがこのオルエッタ。
しかし人と言うものはそれなりに関わってこそその個人の本質が見えて来るので、まだ決めつけるのは早いと言える。
この女王に対しても危機感を持たなければならない時が来るかも知れないな、と考えながらレウスは自己紹介をしていたのだが、その危機感を覚えるのはかなり早かったのである。
「良し、これで全員ね。そうしたら今度は……そうね、せっかくあのブローディ盗賊団を討伐してくれたんだから、ご飯でも食べながら話をしましょうか」
「ご……ご飯ですか?」
「そうよ。せっかくこうやって来てくれたんだもん。こっちだってそれなりの対応はさせて貰わなくちゃ」
その申し出はありがたい。
しかし今、レウス達が気に掛けているのはエンヴィルークを通じて手に入れたカシュラーゼの女王レアナからの情報である。
エドガーがアイクアル王国騎士団を買収した上で、ブローディ盗賊団がまた動き出しているのだから、こちらもすぐに何かしらの対応を取らなければならないだろう。だからそんな時に吞気に食事をしている場合では無い。
「いえ、あの……お言葉ですが陛下」
「あら、なぁに?」
「そのブローディ盗賊団はまだ諦めていませんよ。俺達が遭遇したそいつ等によれば、カシュラーゼの方からまた大砲を造る様に指示が出ているそうなんです。ですから至急騎士団を動かして、ブローディ盗賊団の連中を一網打尽にするべきです!」
「えっ、それって今すぐじゃなくても良いんじゃないかしら?」
「えっえっえっ……そ、それってどう言う事ですか?」
えっ、と思わず言ったのが多いのはレウスの方だった。
すぐにでも行動するべきだと言うのに、この女王は何故そんな今すぐじゃなくても良いと思っているのだろうか。至急騎士団を動かさなければならない事態なのを、この女は本気で分かっているのだろうか?
もしそれが分からないのであれば、彼女は噂通りの能天気な女王陛下だ……とレウスは変な汗が背中を流れるのが分かった。
そのレウスに対して、赤い髪の女王陛下が出した答えとは……。
「だってね、ブローディ盗賊団は確かにこの国の中で有名なんだけど、今まで特に国家の危機になる様な被害を出した訳じゃないし……現場の事は騎士団に任せてあってそれで今までやって来たんだから大丈夫でしょ」
「いや、でもですね……」
「あら、それだったら貴方達がその大砲を破壊した時にブローディ盗賊団も一緒に倒してしまえば良かったんじゃないのかしら?」
「…………」
レウスは左手の手のひらで自分の両目を覆いながら、俯いて首を横に振った。
(今、何だか目の前がグニャッと歪んだ気がしたぞ。何でだ……この女王には危機感と言うものが無いのか?)
確かに、その大砲を破壊した時に一緒にブローディ盗賊団も討伐しておけば良かったのでは? と言うのは一理ある。
しかしそれをこうやって自分以外の誰かに……それもこの王国の女王陛下に言われると心底腹が立って仕方が無いのだ。
「まぁ、それは確かにそうですけど……でも貴女は女王なのですよ、オルエッタ様。国を守るのが騎士団なら、その騎士団に指示を出すのは貴女の仕事では無いのですか?」
「ん~、確かにそうだけどぉ、私はこのフェイハンが纏めている騎士団を信用しているから私の出番は無いんじゃないかと思ってねぇ」
(駄目だ、この女……確かにこりゃあ能天気って言われるのも分かる気がする……いや、分かり過ぎて困っちまうな)
本当に能天気な女王らしく、かつて「嵐の杖」と呼ばれて王国を干ばつから救った人物とはとても思えない……と言うのがレウスの、いやレウス達の正直な感想である。
ふと玉座の階段の横を見てみれば、そこには呆れた様な表情のフェイハンが立っている。
恐らく彼女も、この能天気な発言を繰り返す女王に呆れてものが言えないのだろうが、そんな彼女がパッと何かを閃いた様な表情を見せた。
「それでしたら陛下、食事の後にこのレウス様達に一緒にブローディ盗賊団を討伐して頂く、と言うのはいかがでしょうか?」




