580.疑いの目
そう言い残してエンヴィルークからのテレパシーも終わり、レウス達一行の間に微妙な空気が流れる。
レアナがそこまでして情報を手に入れてくれたのは確かにありがたかったのだが、それによって騎士団が買収されているのを知ったので、これから自分達が一体どうなるのかが分からないからだ。
「私達、これからどうなってしまうのだろうな?」
「さぁ……とにかく今は、その女王陛下のお言葉とやらを待つしか無いでしょ」
ソランジュに対してドリスがそう答えた時、コンコンと来賓室のドアがノックされる。
その音に反応した一行が一斉に出入り口のドアの方を向いた時、この一行の誰もが聞いた事の無い声が聞こえて来た。
「お待たせ致しました、これから皆様をオルエッタ女王陛下の元へご案内致しますので、お迎えに上がりました」
「あ、はい!」
聞き慣れない女の声に反応したティーナが反応すると、その声の主がガチャリとドアを開けて来賓室に入って来た。
だがドアの向こうから姿を見せたのは、思わずレウス達一行が警戒心を剥き出しにしてしまう格好をした黒髪の女だった。
それもその筈で、その黒髪の女は緑を基調とした服装をして武装していたからだ。
「……!!」
「あ、貴女は……どなたです?」
「あたしはこのアイクアル王国騎士団で騎士団長を務めております、フェイハンと申します」
「フェイハン……さんですね」
何とか気を落ち着かせようとするものの、ティーナは平静ではいられない。
それもその筈で、彼女がアイクアル王国の騎士団長だと言う立場が更に心をざわつかせる切っ掛けになっているからだ。
黒い髪の毛を腰まで伸ばし、若々しいその顔つきは見た目は十代後半位に見えるが実年齢は定かでは無い。
そんな彼女が、あのエドガーに買収されている騎士団の団長であり緑を基調としている服装をしているのは、この時点でブローディ盗賊団との関わりを予想されてもおかしくない身なりなのだから。
その理由で殺気をみなぎらせるレウス達の様子に、フェイハンは戸惑いながらも問い掛ける。
「あ、あの……あたし、何かしましたか? 何だか皆さん、表情が怖いんですけど……」
「いや、別に何もありませんわ。ところでオルエッタ女王陛下が私達の事をお呼びだと言うのならば、早く行った方がよろしいですわね?」
「あ、はい。オルエッタ陛下がお待ちですので、ご案内致します。あたしに着いて来て下さい」
もしかしたら警戒し過ぎなのかも知れない。
このフェイハンと名乗っている女の騎士団長の事も、それからリーフォセリアの騎士団長ギルベルトの事も。
しかし、今までの旅路の中で味方だと思っていた人物に裏切られたのは決して一度や二度では無いし、その度に衝撃的な事実が分かってメンバー達は段々と疑いの目で自分達に関わって来る人物を見る様になってしまった。
(自己嫌悪もしてしまうけど……それでも、例えばエスヴァリークで出会ったあのユフリーって女が実はカシュラーゼの手先だったし、捨て子だったレウスを拾って育てた両親のゴーシュとファラリアも同じくカシュラーゼの手先だった。そして、私達マウデル騎士学院の生徒達を育成しているトップの存在のエドガー学院長までもがカシュラーゼの手先と来れば、そりゃあ人を見る目が捻くれてしまうのも仕方が無いかもね……)
アレットが心の中でそう自己分析をしながら、他のメンバーとともにフェイハンの後に続いてアイクアルの王都ロンダールにある、王城チュアダムの中を歩いて行く。
その一方で、この国の貴族達にもワイバーン関係で顔が利くと言うヒルトン姉妹にアニータが質問する。
「ねえ、ヒルトン姉妹は今あの先頭を歩いているフェイハンって人とか、それからこれから出会う予定のオルエッタ女王陛下には顔は利かないの?」
「流石に私達でもそこまでの顔は利きませんわ。フェイハン騎士団長は今その名前を聞いて、私はようやく名前と顔が一致しましたのよ」
「そうそう。オルエッタ女王陛下には会った事無いわ。それにこのアイクアル王国騎士団にもワイバーンは納入した事はあるけど、騎士団長って立場の人は色々と忙しいだろうから私達と直接取り引きをする事は無かったのよ。納入の契約書であの人が署名されているのを見た事はあるんだけどね。フェイハン・チャオシャンって……」
流石にヒルトン姉妹程の業者でも、貴族に顔は利いても王族関係者に顔が利くまでは行かないらしい。
そして辿り着いたのは、今まで渡り歩いて来た他の国でも同じ様な造りで自分達を出迎えてくれた、豪華な両開きの扉だった。
その扉の上にはご丁寧に「謁見の間」と書かれているので、この先にオルエッタ女王陛下が居るのだろうと結論付けたレウス達は気を引き締める。
「オルエッタ女王陛下、この度レイベルク山脈にて謎の大砲を破壊したレウス様達をお連れ致しました!」
「ん~? ああ、レウス様達ですね。それじゃ入れてあげて」
明朗快活な声でレウス達の来訪を告げるフェイハンに対し、中から聞こえて来たのは何だか間延びした声である。
声の高さからしてそれが女のものだと分かるが、流石にその容姿までは分からないので一行は中に入って確認する事にした。




