54.現状把握
ここは何処なのか?
目の前に立っている、茶髪で細身の若い男は一体何者なのか?
それに何より、自分が誘拐された目的は何なのか?
それを聞かなければこの状況に納得出来ないレウスは、とりあえず言葉を選びつつ男に質問する。
「……とりあえず、これは一体どういう事なのか説明して貰えないかな」
「だから言っただろう、君は僕達に誘拐されたんだ。何度も同じ事を言わせないで欲しいね」
「じゃあ質問を変えるよ。ここは何処なんだ?」
「それは言えないな。誘拐された場所を教えてしまったら、通話魔術で助けを呼ばれてしまうかも知れないだろう?」
「じゃあ、あんたは何者なんだ?」
「少なくとも、今は君の敵でも味方でも無いって事実だけを教えてあげる。でもこれから敵になるか味方になるかは君の出方次第だよ、五百年前のドラゴン討伐チームの勇者アークトゥルス君?」
「……!?」
おい待て、何処からその情報が漏れた?
騎士団長のギルベルトの話では、自分がアークトゥルスの生まれ変わりだと知っているのはそのギルベルトと国王のドゥドゥカスだけだと聞いた覚えのあるレウス。
しかし、今の自分の目の前に居るこの茶髪の優男は初対面だ。
なのに何故、その事実を知っているのだろうか?
思いもよらない男のセリフに、明らかに動揺の色が隠せない表情をするレウスに対して、茶髪の男は自らの獲物である黒いマチェーテをチラつかせながら話し始めた。
「カシュラーゼから逃げ出したって言うドラゴンの一匹を討伐したって話は、既に僕達の方でも聞いているよ。五百年以上前から転生して来たってのはやっぱり本当だったみたいだし、今はもう過去の遺物となってしまった筈の闇属性の魔術を使いこなせるってのも本当らしいね」
「それを知っているのは一握りだけの筈だが、誰からその話を聞いたんだよ?」
恐らくは学院の何処かから情報が漏れたのかも知れないが、あの日は例え休日であったとしてもあれだけ派手にやれば、そりゃあ学院中に話が広がるのも時間の問題だっただろうな……と自分の迂闊さを後悔するレウス。
かと言って、こうして自分が誘拐される理由が不透明なのは気にくわない。
「そんな話を聞かせる為に俺を誘拐したって言うのか?」
「違うね」
「だったら何なんだよ。さっきあんたは自分の事を僕「達」って言ってたから、他にも仲間が居るって事になるよな?」
「ふうん、そういうのは聞き逃さないんだね。でも残念。僕に仲間が居るって分かった所で、君に何が出来る訳でも無いだろう?」
勝ち誇った顔でそう言う茶髪の男に対し、どうしたものかとレウスは溜め息を吐く。
ぐっすり眠ってしまっていた以上、ここが何処なのかさっぱり見当が付かない。
魔術で何とかしようと思えば出来なくも無いのだが、勢い余って建物を壊して崩落させてしまったり、目の前の男を殺してしまったりしたらまずい。
あのドラゴンを倒せるだけのパワーがある魔術は、屋外だったからこそ発動出来た様なものなのだから。
窓すら無い部屋なので昼なのか夜なのかも分からず、自分がどれだけの時間を眠っていて何処まで連れて来られたのかを把握出来ないのはキツイ。
しかしその時、有益かも知れない新たな情報が文字通り物理的にこの部屋に飛び込んで来た。
「ウォレス様、今後の予定について少しお話が……」
「分かった、今行くよ。くれぐれも逃げ出そうなんて思わない様にね。見張りをつけておくから」
あの茶髪の男はウォレスと呼ばれているらしい。
そして仲間が居ると言っていたのも本当だったらしく、彼が出て行ったドアを見つめてレウスはここから脱出する為に動き出した。
例え見張りをつけられていようが、ここから絶対に逃げ出してやると意気込んで、まずは両膝を限界まで腹から胸にかけてくっ付ける。
(このまま後ろの手を通して……あいたたた!!)
前世では足の爪先と額がくっつく位に身体が柔らかかったレウスだが、今の人生ではまともに柔軟をしていなかったせいかすっかり身体が硬くなってしまった。
そこは気合いで何とかカバーし、物凄くぎこちない動きながらも縛られた両手を前に持って来る事に成功した。
今度は両手首を縛っているそのロープを、石造りの冷たい壁にゴシゴシと擦り付けて力技で解きに掛かる。
(意外とこういうロープって脆いんだよな……食堂で働いてる時も荷物を纏めるのに苦労したもんだ!)
食堂の仕事で苦労したエピソードを思い出しつつ、三十秒もすればハラリとロープが解けて床に落ちた。
これで両腕が自由に動かせる様になったので、最後に自分の身体の動きを最も制限する原因になっている、膝と胴体を結んでいるロープを解きに掛かる。
この縛られている状況があったからこそ、なおの事この自分の腕を前に持って来るのに成功したのかも知れない……と考えつつ、やっとの事で全身が自由になれた。
(ぐう……痺れるぜ!!)
かなり長い時間こうして身体を折り曲げられていたのだろうか、流れの遅かった血液が急に速いスピードで循環する様になり、立ち上がったレウスの全身を痺れが襲う。
だがそんなものに構ってはいられない。
ここが何処か分からないなら、まずはあのドアの外に出てみる事から始めようとレウスは歩き出した。




