556.最深部での絶望
「とりあえずここはまた立て直しして、全員と合流してから乗り込むぞ」
「そうね。前に聞いたあの石像の行方も分からないままだし」
恐らく、扉の前でガチャガチャ何かをやっているウルリーカと言う女がその石像を持っているのだろうと予想はつくが、いかんせん多勢に無勢なのでここは引き返す事にした……次の瞬間。
「そうは行かないよ」
「っ!?」
レウス達の後ろから突然聞こえて来た女の声。
一斉に振り向いた三人の目に映ったのは、何時の間にか通路を塞ぐ形で自分の部下らしき武装集団と魔物達を引き連れた女だった。
その出で立ちに見覚えがあるアレットの視線に気が付いた女は、以前彼女に出会った時の事を思い出して驚きの表情を見せた。
「ネズミがこうやって入り込むなんてね。それもその中の一人は私と顔見知りと来たもんだ」
「貴様、何者だ?」
答えは分かり切っている。だが自分達に刃向かうのであればその素性は尋ねない訳には行かないエルザ。
すると、意外にも女はすんなりと自分の身分を名乗った。アレットが最初に彼女と出会った時と同じ展開である。
「私かい? 私はウルリーカ・シンベリ。シンベリ盗賊団の団長だよ」
「そうか。わざわざそうして名乗ってくれるのは捕まりたいと言う事だな」
レウスは油断無くロングソードを構えるが、ウルリーカは余裕しゃくしゃくと言った表情でピュイっと指笛を鳴らす。
それを合図にして、今の三人が見ている広場の集団が一斉に動き出した。
広場の方から聞こえて来る人間、獣人、そして魔物達の大小様々な足音が、嫌でもその現実を三人に教える。
「くそっ!」
「はっはっは! さぁ、楽しいショーの始まりだよ!!」
この状況を楽しんでいるウルリーカのセリフに、多勢に無勢過ぎる緊急事態も相まってエルザも焦った表情を見せる。
そんなエルザにレウスが大声で指示を出す。
「落ち着け!! 広場から大量の敵が来てるんだよ!! ここはさっさと逃げるぞ!!」
「……わ、分かった!!」
五百年前の勇者である彼のその忠告を信じて、ここはさっさと撤退を始める三人。
しかし、ウルリーカが部下達とともにその目の前に素早く回り込んで立ちはだかる。
「おおっと、何処へ行くんだい?」
「邪魔だ、どけえ!!」
「ダメだエルザ、行くな!!」
この状況から早く逃れたいエルザがここで動くのを見て、レウスが危険を察知して叫ぶ。だがエルザはその叫び声に耳を貸さず、シャムシールを持っているウルリーカに向かって自分の素早さを活かして石を投げ付ける。
だが、その石は何かに弾かれてしまった。
「なっ!?」
「ふふふ……甘いんだよ!」
絶対の自信があるのかそこを動こうとしないウルリーカに対して、何が起こったのか理解出来ないエルザの肩を掴んで自分の方に引っ張るレウス。
その二人の横で、アレットがポツリと呟いた。
「レウスにも見えたの?」
「ああ、見える。あれは一定以上の魔力を持っていないと見えない魔術防壁だな」
「……そ、そんなのがあるのか!?」
確かに騎士学院の首席ではあるものの、魔術に関してはアレットの方が詳しいエルザはその存在を知らなかった。
魔術を専門的に勉強する者が知る事が出来るのが一般的で、一般人からしてみれば「見えない壁」状態なのが、今のウルリーカに掛かっている「高度魔術防壁」だ。
それによって石がまるで見えない壁に弾かれた様に見えたのを、この二人の説明を聞いてようやくエルザも理解した。
「くそっ、厄介だな!」
「はっはっはっ、私達に歯向かおうなんて百年早いのさ! さぁ、さっさとあの扉の前に行って、封印を解いて貰おうか?」
「封印ですって?」
アレットが怪訝そうな表情で尋ねれば、ウルリーカは「ああそうさ」と頷いた。
「あの扉に石像をはめ込んで、それで何かが起こるのかと思ったんだが何も起きやしない。そこで勇者アークトゥルスの生まれ変わりであるお前に頼もうと思ったのさ!」
「ど、どうしてそれを!?」
「ふふふ、それはこの坑道の何処かに居る私達の仲間が教えてくれたのさ。五百年前の勇者アークトゥルスの生まれ変わりが、そこに居るレウス・アーヴィンだってね。でもまさか、お前がその仲間だったとは思ってもみなかったよ」
「ふぅん、仲間の情報については知らされていなかったって訳?」
「そうさ。アークトゥルスの生まれ変わりをおびき出す作戦を立てるのに夢中だったからね。あの扉の穴にはまっている石像を盗み出したのも、それからお前達がここに来ると踏んで大勢の仲間を集めていたのも私さ」
どうやら、その仲間とやらの話でこのウルリーカが先回りしていたらしい。
その用意周到さに歯軋りをするアレットだが、横で同じ話を聞いていたエルザはウルリーカにこう聞いてみた。
「それだったら、このアレットに出会ったのも貴様達が全て計算済みの上での行動だったのか?」
「いいや、それは偶然さ。あの貯蔵庫を襲って物資を手に入れるのは私達独自の計画だったからね。大所帯にもなると物資も減りが早くて。だけどここで待ち伏せていたのは私達と……それからその仲間で立てた計画だったのさ!」




