542.空中戦
しかし、その悪い想像よりももっと悪い現実がシロッコの城下町で起こっていた。
とにかくあのドラゴンを刺激しない様にして住民の避難を進めようとさせるパーティーメンバー達だが、このシルヴェン王国の騎士団員達は彼女達と同調するつもりはまるで無いらしく、各自が好き勝手に町中を奔走している状態が続いていた。
なのでドラゴンの注意を引き付ける役目をパーティーメンバーが担っているのだが、未だにレウスとエルザの二人に連絡がつかない事にヒルトン姉妹はイライラしていた。
「全く、あの二人は一体何処で何をしているのかしら!?」
「本当よね。あの赤毛の二人を追い掛けて行って、そのままこっちの事を忘れちゃったんじゃ……」
しかし冷静になって考えてみれば、あの赤毛の二人がこの町で目撃されている事と、このドラゴンがいきなり現われた事が繋がるかも知れない。
アレットからの連絡を受けてこうして現場に急行してみれば、明らかに普通のドラゴンでは無いのが、その眼球が本来あるべき場所に無い事からも分かったからである。
ただし、それが分かったからと言って自分達だけではこの凶悪なドラゴンに対処出来ないので、これ以上は危険だと退避せざるを得ないと考えていた、まさにその時だった。
「おおーいっ、後は俺達に任せろっ!!」
「あれは……」
大声でヒルトン姉妹に向かって呼びかけるその声は、空中から聞こえて来る。
声の主を探そうと姉妹が同時に顔をその方向へと向けてみれば、そこにはワイバーンに跨ったロルフの姿があった。
しかも彼だけでは無く、総勢十匹程のワイバーンがドラゴンの周りを取り囲む様にして旋回しながら、攻撃のチャンスを窺っている。
ドラゴンは目が見えていない分、周りから聞こえる音で獲物の在りかを判断するので、ワイバーンが羽ばたく音も当然ドラゴンにとっては十分な大きさである。
なのでドラゴンはその翼の音を聞きながら身体を動かして仕留めようとするが、ロルフ達は上手く役割分担をしてドラゴンを撹乱しながら戦いを進めている。
「もしかしてあのロルフ副団長って、自分が囮になって他の部下が操っているワイバーンに攻撃させているのかしら!?」
「どうやらそうらしいわね。あの中にはきっと私達が育てたワイバーンの仲間も居る筈だし、ここはワイバーンの飼育業を生業としている家で育った私達も、あのドラゴンをワイバーン達が駆逐してくれる事を願うばかりね」
ドリスとティーナのその要望に応える様に、ロルフが率いているワイバーン部隊が的確にダメージを与え始めた。
ワイバーンに騎乗している騎士団員達は、人間も獣人も問わず全員が槍を装備している。
その中でロルフがなるべくドラゴンの目の前を飛び回る様にワイバーンを動かし、ガラ空き状態になっている背中や胴体を目掛けて他の騎士団員達が槍による斬り付けをワイバーンに乗りながら行なう、いわゆる「ヒットアンドアウェイ」戦法だ。
「あ、あれがこのシルヴェン王国が誇るワイバーン部隊……」
「流石に噂通りの実力を有しているらしいな」
「うわー、凄い上から目線ね」
「い、いやそんなつもりは無かったんだがな……」
サイカから横目で見つめられながらそう言われたソランジュが、珍しく慌てた様子で弁明する。
そんな二人の目の前ではワイバーン部隊による攻撃が更に進行するものの、なかなかドラゴンもしぶとくて倒れてくれる気配が無い。
「くっ、流石にドラゴン相手じゃきちーかな……」
元々地上でも槍使いのロルフは、ワイバーンに乗っている時でも槍を使って攻撃するのが大得意である。
しかし今回ばかりは相手が相手が相手なので、なかなか一筋縄では行かないのが辛い所だ。
事実、自分の槍に魔力を注ぎ込んで攻撃力をアップさせているのだが、攻撃出来るタイミングや場所が限られるだけあってなかなか狙えない。
(出来れば顔面を狙って一発で仕留めてえけど、この変則的な動きが怖えの何のって……)
タイミングがまるで読めない、ドラゴンの雑な動き。
このデカブツが音に反応するのは今まで飛び回っていた中で何となく分かるのだが、だからこそ不用意に近づいて攻撃しようとすれば攻撃を受けてしまう。
それに元々自分は他の騎士団員が攻撃する為にドラゴンをおびき寄せる囮なので、無理に攻撃せずドラゴンを引き寄せる為に動けば良い……と思っていたのだが、やっぱり身体がムズムズしてジッとしていられないのが本音だった。
(あーっ、もう!! こんな獲物が目の前に居るのに俺だけ攻撃出来ねえなんてムカついて仕方ねえぜ!! 俺が直々にやってやんよぉ!!)
そもそも、この囮作戦は自分が考えたものではなくて団長のレメディオスが考えたもの。
それに従って自分は作戦を実行しているのであるが、こんなにフラストレーションの溜まる作戦は自分の性に合わないと判断し、ロルフは槍の先端に魔力で生み出した炎を纏わせて一気にドラゴンの顔面に向かって突撃して行った。
しかし、それを見ていたアニータの口からポツリとこんな呟きが漏れたのはその時である。
「ダメ……それじゃドラゴンの格好のターゲットよ」




