539.もしかして……
「ねえ、私があの高い建物の上に上るから魔術防壁を掛けて!」
「えっ、どうするの?」
「あそこから矢でドラゴンの目を狙うわ。そうしてドラゴンの視界を奪って一気に叩き潰す!」
「出来るの!?」
「絶対とは言えないけど、やってみる価値はあると思う。さぁ、分かったなら早く魔術防壁を掛けて。魔術師なんでしょ?」
「う……うん」
レウスだったらもっと精度も高く、持続時間も長い魔術防壁を掛けられるのだがあいにく彼は今この場に居ない。
だったら自分が魔術防壁を掛けて援護する事で、少しでもあのドラゴンを倒す為に動ければ……とアレットは今の自分が出来る最高の魔術防壁をアニータに掛ける。
その掛けて貰った方のアニータは準備完了を確認し、自分が矢の狙撃ポイントとして見つけた四階建ての賃貸家屋の屋上へと、外壁に設置されている階段を上って辿り着いた。
ここからならあの暴れ回るドラゴンを何とか狙えそうだ、と判断して自分の愛用しているロングボウを構えたアニータだが、その時ふとドラゴンに対して違和感を覚えた。
「あれ?」
「どうしたの?」
「……変ね、あのドラゴン」
後ろから彼女を追い掛けて屋上に辿り着いたアレットは、アニータが違和感を覚えた事に気が付いて問い掛ける。
すると、アニータは奇妙な事を言い出したのだ。
「あのドラゴン……眼球が無いのよ」
「へ?」
「だから、本来眼球がある場所が真っ黒なの。ここから見える限りでは眼球が無い。それも両目ともね」
「って事はもしかして……あのドラゴンは目が見えていないの!?」
「恐らくそうだろうな」
恐ろしい事実に気が付いた二人。
この屋上から見えるすぐ目の前で暴れ回っているこのドラゴンは、何と目が見えていないらしい。となると一体このドラゴンはどうやって対象物体を認識しているのか?
それは勿論「音」に他ならなかった。
その事実に気が付いたアレットは、最初にこのシロッコに響き渡ったあの大きな衝撃音が全ての原因だと悟った。
「分かったわ、あの音! 最初に聞こえたあの音が原因なのよ!」
「何が?」
「だから、ドラゴンがここに来た理由よ! 目が見えない代わりに、あのドラゴンは音で周りの状況を把握しているのよ! 今、この町の中は見ての通りパニックになっているわ。そのパニック状態で人々の悲鳴や慌ただしく動き回る足音をあのドラゴンが聞き取って、そしてそれを敵とみなして攻撃しているんじゃないかって思うのよ!」
「なら、敵も味方も関係無いって事になるの?」
「そうよ! つまりあのドラゴンを倒すには音でおびき寄せれば良いのよ!!」
アレットの考えが仮に正しかったとしても、この状況でどうやってあのドラゴンをおびき寄せれば良いのか?
このパニックに陥っている城下町では多数の大きな音が聞こえて来ている為、ドラゴンを自分達の方に呼び寄せるのは音では無理である。
ならばやはり弓であのドラゴンに少しでもダメージを与えてその注意を自分達の方に向け、そしてどうにかして仕留めるしか無い。
だがおびき寄せた所で、自分達二人であのドラゴンに対抗するのは無理だろうと考えたアレットは、とにかく自分達にも戦力が必要なので他のメンバーに連絡を入れる事にする。
「アニータ、貴女はあのドラゴンに何とかしてダメージを与えて。私は他のメンバーに連絡を取って、騎士団の人達に応援を要請するわ!!」
「分かったわ」
アレットから頼まれたアニータだが、最初の目論見であったドラゴンの眼球への狙撃が物理的な意味で無理だと分かった以上、何処を狙うか考えなければならない。
あのドラゴンに最もダメージを与えられそうな場所と言えば、まず鱗の部分は硬いので論外。尻尾だってこの位置からでは狙えないし、柔らかい腹を狙うか顔を狙うかするのが一番良いだろうと言う結論に達した。
(でも、腹を狙うのはあのドラゴンが急に屈んだり方向転換したりして動きが大きいから外れる可能性が高い。となれば顔を狙うしか無いけど……)
顔を狙うのはもっと当たり難い。
それでも眼球をピンポイントで狙うよりはマシだろうと考えつつ、ドラゴンが自分の方を向いたその瞬間を狙ってアニータは弓を引き絞った。
しかし……。
『グガッ!!』
「えっ!?」
元々表情の変化が余り見られないアニータの顔に、ハッキリそれと分かる驚きの色が浮かんだ。
何と、ドラゴンはアニータが引き絞った弓から放たれたその矢を、大きく首を振って弾き飛ばしてしまったのだから。
それも恐ろしくタイミングが良かったので、まさかの展開にアニータが驚くのは当然の話だった。
しかし全くの偶然と言う事も大いにあり得るので、気を取り直したアニータは再び弓を引き絞って正確にそのドラゴンの顔を狙った。
だが……。
『ウガッ!!』
(う、嘘でしょ!?)
またしても完璧なタイミングで、アニータの放った矢を首を振って弾き飛ばしてしまったドラゴン。
まさか立て続けに二回も矢を弾かれるなんて。それも今までそんな素振りを見せない位の雑な戦い方だったのに、こうして矢をタイミング良く弾かれるなんて絶対におかしい。
とても偶然とは思えないそのタイミングの良さに愕然とするアニータの斜め後ろで、アレットが仲間達への連絡を終えて声を掛ける。
「アニータ、みんなもすぐに中央広場に集まってくれるって……あれ、どうしたの?」
「あのドラゴン、やっぱり何かがおかしいとしか思えない……」
「えっ?」
「あれって多分、普通のドラゴンでは無いとしか思えない。野生のドラゴンであんなにタイミング良く矢を弾くなんて、考えられないから……!!」




