538.ドラゴンまでやって来た
「よーし、これでここに残っている住民は全員退避したわよ!!」
「こっちも大丈夫だ!」
サイカとソランジュは町の中を駆け回り、子供や女を中心に救助活動を展開していた。
彼女達の活躍もあってか、二人が担当している南の区画はどうやら住民の退避が完了したらしいので、まだ救助や退避が終わっていない別の区画へと協力に行こうと考えていた。
西の区画を担当しているのはアレットとアニータ、東の区画はヒルトン姉妹、北の区画ではクラリッサやロルフと言った騎士団の団員達がそれぞれ担当している。
南の区画は終わったとは言え、この王都シロッコではまだまだ取り残されている住民が居るので休む暇も無い。
なので今度はヒルトン姉妹が担当している東地区へとソランジュが、アレットとアニータが担当する西地区へとサイカが向かうべくそれぞれ進み出したのだが、その時また厄介な出来事が起こってしまったのだ。
「なっ、何よあれは!?」
「え……」
住民の女の一人が、空を見上げて指を差したのを見てサイカが同じ方向を見上げてみる。
するとそこにはポツンとした黒い物体が、明らかにこのシロッコの城下町に向けて少しずつ大きく見えて来る光景があったのだ!
(あれ……は、まさか、あのシルエットは……!?)
サイカの顔が一気に青ざめ始める。それもその筈で、その黒い物体のシルエットには見覚えがあったからだ。
東地区へ向かおうとしていたソランジュもその足を止めてサイカの隣にやって来て、空を指差して焦った表情になっていた。
「おいサイカ、あれってまさか……」
「間違い無いわね、あれはドラゴンだわ!」
バサバサと翼をはためかせて、恐ろしいスピードでシロッコに向かってやって来る一匹の黒いドラゴン。
そのドラゴンの姿を見つけた町の住民達は更にパニック状態になり、騎士団員達もシロッコの被害への対応に精一杯ですぐにドラゴンへの対処が出来そうに無かった。
「ど、ドラゴン!?」
「うわあああっ!!」
町中の混乱した状況が、ドラゴンの突然の襲来で更に混乱した状況になってしまうのは当然の事であろう。
建物の崩壊、町中の複数の火災、逃げ遅れた住民達の退避等への対応に追われていた騎士団員達の居る城下町目掛けて突っ込んで来たそのドラゴンは、まず突進攻撃でこの町のシンボルである中央広場の銅像を派手に破壊した。
かつてこのシルヴェン王国にやって来て、当時の騎士団員達や傭兵達に対して自分が習得した、その世界に冠絶する弓の技術を教えて去って行ったとの言い伝えがあるライオネルの銅像が、一瞬で木っ端みじんに体当たりで破壊されてしまったのだ。
『グゥアギャアアアアアアッ!!』
銅像に体当たりしたのがそんなに痛かったのか、それとも自分のやった事に対して喜んでいるのかは分からないが、そのドラゴンは大きな咆哮をシロッコ中に響かせる。
その声でパニックが加速する城下町を一通りグルリと見渡して、間近に居た騎士団員の男の一人に首を伸ばしたかと思うとそのまま口へと咥えて飲み込んでしまったのだ!!
「ひぃぃぃ、う、うわああああっ!!」
『ギャウウウア、ガアアアアッ!!』
餌にありつけた事で興奮するドラゴンは、豪快に尻尾を振り回して周りの建物を破壊し始める。
その破壊で生じた建物の倒壊に、不運にも近くに居た住民達が巻き込まれて下敷きになって行く。
騎士団員達も対応出来る者から武器を構えてドラゴンに対抗するのだが、人間も獣人もドラゴンと言う強大な存在の前には無力だった。
「あの動きからすると、どうやら余り戦場を駆け抜けて来たって風には見えないわね」
「そんな冷静に分析している場合じゃないでしょ! とにかくあのドラゴンをどうにかして倒さなきゃ!!」
西地区でそのドラゴンの襲来を見ていたアレットとアニータは、大方の住民の避難を終えたので急いで中央広場へと向かっていた。
アニータは基本的に敵の分析をして作戦を練ってから行動するタイプらしく、この状況でドラゴンを見てその戦いぶりからそう評価していた。
「でも……何でそんな事が分かるの?」
「だって動きが雑なんだもん、あのドラゴン。むやみやたらに首を振ったり尻尾を振り回したりして、単純な動きしかしないって言うか……良く言えば読みやすい動きって事。でもその分、肩透かしを食らった様なタイミングで予想外の動きをする可能性もあるから油断出来ないわよ」
「じゃあ、もっと戦術に秀でているドラゴンも居るって事?」
「ええ。それは居るわよ。こっちの動きを読みながら「待ち」の姿勢で戦うドラゴンとか、不利になると一旦空へと舞い上がって体力を回復してから再び襲って来るドラゴンとか。ドラゴンだって人間や獣人程じゃないけど知能はあるんだから、なめて掛かると痛い目を見るわね。ただでさえあれだけ図体が大きいんだから、攻撃力と防御力は私達人間の比じゃないし」
その分析が終わった頃、ようやく二人は中央広場へと辿り着いた。
しかしまだ中央広場へと辿り着けていないのはヒルトン姉妹、それからサイカとソランジュもそうである。
ひとまず、どうにかしてあのドラゴンの動きを止めなければチャンスは見い出せないと考えたアニータは、アレットに援護を要請して動き出した。




