51.手のひら返し
「さってと、これで邪魔者は居なくなった訳だが……すぐに済ませるって言った以上は余り時間を掛けてられないな。じゃあ結論から言わせて貰うけど、お前があの勇者アークトゥルスの生まれ変わりだって事を前提として話すよ」
そう言いながらドゥドゥカスは、自分が執務に精を出していたデスクの引き出しからバサバサと乱雑に多数の書類を取り出した。
そして当たり前の様な口調で命令を下す。
「今回起きたマウデル騎士学院の爆破事件の容疑者セバクターの追撃、それからその前に起こった黒いドラゴンの生物兵器の調査。これをやって貰うよ」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。俺の意見は無視ですか?」
「そうなるね。今回の件は我がリーフォセリア王国だけの問題じゃなくなってる。世界全土を巻き込む大騒動なんだよね。だから僕もそれを止める為に、勇者アークトゥルスの力を借りたい」
しかし、今まで色々なトラブルに巻き込まれた結果、既にドラゴンの一匹まで倒してしまっているレウス……いやアークトゥルスには、もううんざりだという気持ちしか無かった。
「何で俺の知らない所でそうやって勝手に話が進んでいるのか、正直に言って俺には理解不能ですよ、陛下。確かに俺はアークトゥルスの生まれ変わりです。それは自分でも分かってます。でもだからって……勇者だのなんだのって勝手に俺を呼びやがって、勝手に期待されるのはもう今の人生ではごめんなんですよ」
アークトゥルスとして生きていた前世でもそうだった。
冒険者として活動していて、世界各地で活躍していた自分は何時の間にか破壊の化身のドラゴンを討伐する為に結成された世界選抜チームの一人として、世界中から注目される様になった。
最初の内は確かに気持ち良かった。
人々が自分達を勇者だの英雄だのと持ち上げてくれて、慕ってくれて頼られた。
「だけど、それもだんだん状況が変わっていったんだよ。何故だか分かりますか、ドゥドゥカスさん?」
苗字では無く名前で自分の事を呼ばれ、流石に一瞬ムッとするドゥドゥカス。
それでも気を持ち直して、自分なりに考えた答えをアークトゥルスに向けてぶつける。
「勇者と呼ばれるのが辛くなったか?」
「それもある。だけど本当の所は少し違う。俺達がドラゴン討伐の為に情報収集をしたり、ドラゴンの配下の魔物達を倒して行ったのはドラゴン討伐の経緯をつづった歴史書に載っているけどさ、その内の二割は嘘だよ、嘘!」
「嘘だと?」
完全にタメ口になったアークトゥルスの告白に、不敬罪待った無しという事実も忘れてドゥドゥカスは続きを促す。
「僕もあの歴史書にはそれなりに何回も目を通しているが、嘘って何処がだ?」
「あの中に……ドラゴン討伐の勇者達は誰からも慕われて頼りにされたって書いてあるけどさ、あれはあれで合っているのは合ってるんだよ。だけど中には、俺達の強大な力を不気味がる奴等だって居たんだよ。俺達の事を化け物だ、悪魔の化身だってな」
「え……え?」
「笑っちまうよ……俺達は世界中から頼まれてチームを結成し、その旅路の途中で何回も苦難を乗り越えて色々な技をそれぞれ身につけて来たんだ」
「良い事じゃないか。それがどうして嘘って話に繋がるんだ?」
昔も今も、冒険者は色々な場所を巡って、様々な敵と戦って、数々の出会いと別れを経験しながら強くなって行くのは変わらない。
「確かにこうやって話を聞くだけじゃそうかも知れない。僕達の時代よりも遥かに前に使われなくなったっていう魔術を見つけ出して習得したり、世界最強と呼ばれていた剣士や弓使いをチームに引っ張り込む為に腕試しをして勝てる様に試行錯誤したりしていたらしいな」
破壊の化身をこの世から消し去る為には世界最強のチームが必要だったのだが、それは良い事ばかりとは限らなかった。
「その通りさ。だけど……例えばとある町を……町をだぞ。村じゃないぞ。町を襲った魔物の集団が居た。そしてそこに俺達が出くわして、あっという間に片付けた。普通だったら俺達は賞賛されると思うだろ?」
「そうだな」
「でもその時は違ったんだよ。逃げ遅れた一般人を巻き込んで魔物ごと消し去ってしまったんだ。その結果……それが町の町長とその息子だって分かった途端、町の人間は俺達を褒め称えるどころか、町長殺しの重罪人として一斉に襲い掛かって来たんだよ」
「えっ?」
戦いには犠牲がつきものだと考えているドゥドゥカスには、それは余りにも手のひらを返し過ぎなんじゃないかと絶句する。
魔物の魔の手から自分の町を救ってくれた勇者達に対して、感謝どころか武器を持って襲い掛かるなんてとても信じられない。
「信じられないって顔してるな。俺だってその時はあんたと全く同じ気持ちだったよ王様。今まで戦っていた魔物じゃなくて、今しがた救った町の、今まで味方だった筈の人間と獣人達が武器を手にして襲い掛かって来た。俺達ドラゴン討伐チームよりも、その町長の方が大事だった町人達から、俺達は逃げるしか無かったよ。悪魔だ、人殺しだって罵られながらなあ……っ!!」
何時の間にか、アークトゥルスの両目からはボロボロと悔し涙が溢れていた。
その様子を見てどう声を掛ければ良いか分からなくなってしまったドゥドゥカスだが、その時ハッとした表情になってある事を思い出した。




