534.大砲の実験
「方角良し、魔力エネルギー残量は適正値で無駄な消費も無し、飛距離もバッチリですね」
「ひとまず実験は成功って所だな」
手元に用意した実験結果を記録する為の紙に、羽根ペンでサラサラと今の砲撃の記録を記載して行くヨハンナ。
その傍らでは、今の大きな砲撃を見ていたヴェラルが頭の中に疑問を浮かべていた。
「しかし、これで本当に王都のシロッコまで届くのか?」
「ディルク様の試算データですと届くって言ってましたよ。方角も飛距離もちゃんと決まったし、届いている筈です」
「まだ仮定の段階だ。実際に届いたかどうかが確認出来るまで、今はまだ飛距離の部分は記載しないで空白にしておけ」
「はーい……」
師匠に指示された通り、ヨハンナは一旦飛距離の部分をペンで黒く塗り潰してから、改めてその大砲を見上げた。
金属の砲弾を撃てる大砲と外見こそ変わらないものの、中身はエネルギーボールが撃ち出せる様に改造してあり、実質その弾数は無限であると言って良い。
ただしデメリットもあり、普通の砲弾と違うのは魔力を充填するのに時間が掛かると言う点である。勿論砲台のサイズが大きくなればなる程に掛かる時間も長くなるので、敵地のど真ん中にあればすぐに破壊されてしまう。
なので今回はあくまでも実験として、この場所にこうやって大砲を設置して王都のシロッコを狙えるかどうか試していたのだ。
周りには村も町も一つも見当たらない森の中の広場であり、この森の中に入るのは時折り思い出したかの様に巡回をしに来る遠くの村の自警団位のものである。
入念にリサーチを繰り返して人目に付かない場所を選び、こうして砲台を製造出来たのはまさにラッキーだった、とディルクが満足そうに言っていたのを思い出すヴェラル。
そこについては彼もヨハンナも心の底から同意していた。
「でも、この国が魔物が多くて助かった。それだから対人の国防が疎かになっていたのが救いだった」
「そうですねー。だってディルク様もおっしゃってたじゃないですか。この国のセキュリティの甘さは多分世界一だって。魔物に関しての対応は素早いけど、戦争になった時の対応の遅さはカシュラーゼなんかよりも全然低いって」
「ああ。三ヶ月前からこうやってここに大砲を建造していたのに、それにすら気付かないなんて他人事ながら俺は呆れるよ」
だからこうやって大砲の実験も出来るんだけど、とエネルギーボール……いや、この場合はエネルギービームによって無残にも跡形も無く焼かれてしまった木々の間から覗く空を見上げ、ヴェラルは嬉しさと呆れが混じったセリフを呟いた。
その時、彼の横に控えているヨハンナの懐の中にある魔晶石が熱くなっているのに気が付いた。
どうやら仲間からの連絡の様である。
「はい、ヨハンナだけど……うん、ああそうなの、ちゃんと届いたの? うん……うん、うん分かった。被害状況も……ああ、それならバッチリね」
魔晶石の向こうの相手と会話が進むにつれて、満足そうな笑みを浮かべるヨハンナの様子に、どうやら実験が上手く行ったらしいとヴェラルは察した。
しかし、その詳細はきちんと聞かなければまだ納得出来ないので、通話が終わった彼女に幾つかの質問をしてみる。
「誰からだ?」
「王都シロッコのすぐそばで待機させていた、私達の部下の一人からの報告です」
「そうか。で、どんな報告だった?」
「無事、さっきの砲撃したエネルギーボールがシロッコに着弾したらしいです。その爆撃を受けたシロッコは一瞬にして爆発し、多数の死傷者を始めとする被害が出た模様です!」
「へー、と言う事はこの距離でこの時間か。もっとこの魔力の充填に時間を掛けない様に出来れば、かなり有利に戦争が進められそうだな」
先程、一旦空白にした飛距離の部分に改めて実験成功の記載をしてこれで満足出来る実験結果が報告出来ると安堵するヴェラルとヨハンナ。
しかし、ヴェラルは更にその先の先の事を考えていた。
「それと、これであのドラゴンも動き出す筈だ」
「あのドラゴンって……ああ、例のドラゴンですか?」
「そうだ。あのドラゴンが動き出す位の衝撃をこれで与えられた筈だから、今頃は多分シロッコの方も大パニックに陥っている事だろう」
とりあえず、これで自分達の目的は達成した。
なのでさっさとカシュラーゼに戻って今回の実験結果をディルクに報告しようと考えているのだが、ふとヨハンナが空の彼方へと視線を向けた。
「どうした?」
「いえ、何か悪寒がするんですよ。何なんでしょう?」
「気のせいじゃないのか? いや、気のせいであって欲しいがな……」
こう言う時のヨハンナの勘は、実は割と当たる。
それなりに長い時間を一緒に過ごして来た自分だからこそ分かるヴェラルが、その悪寒の正体をまずは耳でキャッチした。
それはバサバサと風を切って何かが羽ばたく音。そしてその正体を目でキャッチして、それが二匹のワイバーンであると認識するのに時間は掛からなかった。
同時にヨハンナの悪寒が当たっていたのを、ヴェラルが知るのもそれからすぐだったのである。




