519.顔見知りの登場
ソランジュとサイカが茶髪の女の騎士団員にボーセン城まで連れて行かれているその頃、ヒルトン姉妹とアニータのトリオも赤毛の二人組の目撃情報を手に入れていた。
それは何と、魔術都市イズラルザに向かうと言うかなり信憑性の高い話だったのだ。
「断言出来る。俺にそう聞いて来たんだよ、その赤毛の二人組はな」
「それってつい最近の話?」
「ああ。つい昨日の話だからまだそのイズラルザに居るんじゃないのか? 知り合いだって言うんなら早めに行ってやれば良いんじゃないか?」
「そうしてみますわ。それではごきげんよう」
そう言って踵を返した三人だったが、その情報をくれたくすんだ金髪に黄緑のロングコート姿の若い男はヒルトン姉妹の職業をズバリと言い当てて呼び止めたのだ。
「ちょっと待ってくれよ、ワイバーン飼育業のご令嬢であるドリスとティーナ」
「っ!?」
「え……どうして私達の名前をご存じなんです?」
一気に警戒心が上がるヒルトン姉妹だが、その様子を気にするでも無いまま金髪の男は質問に答え始めた。
「そりゃあ有名さ。このシルヴェン王国の領土を囲っているアイクアル王国の中で、ワイバーンの飼育をしている家の二人の若い娘と言えばな。と言うか、君達って俺と会った事あるんだが……忘れたか?」
「えっ?」
「あ……ええと、申し訳ございませんがどなたでしたかしら? あいにく記憶が……」
まさかの男の発言に対してキョトンとするドリスと、申し訳無さそうに自分に向かって正体を訪ねるティーナを見て、金髪の男はやれやれと首を横に振って軽く溜め息を吐きながら自分の身分を明かし始めた。
「俺はエリアス・ラヴェン・キーンツ。この名前を聞いても思い出せないか?」
「エリアス・ラヴェン・キーンツ……ごめん、本当にちょっと記憶が無いわ」
「おいおい、勘弁してくれよ。ティーナの方は何か知らないか?」
「ん~……あ!!」
やっと、このエリアスと名乗った若い男の正体を記憶から引っ張り出す事に成功したのは、姉のティーナが先だった。
「思い出したか?」
「はい、思い出しましたわ。このシルヴェン王国の中でも有数の大貴族のキーンツ家のご子息です。一人息子で将来はお家を継ぐのを嫌がっているんだと、初めて出会った時に凄く神妙な顔つきで話されていたのを覚えております」
だが、そこにエリアスは余り触れて欲しくなかったらしい。
「待てよ。それはネガティブな思い出だからもっとポジティブな思い出は無いのか?」
「ポジティブと申されましても……ええと確か、一通りの武器は使いこなせる位に武芸の腕がありますが、その中でも特に弓とショートソードが得意でしたかね?」
「そうそうそれそれ。貴族の腐敗を目の当たりにして来た俺にとっては、将来的に伯爵って言う地位を貰っても何にも嬉しくないんだ。むしろあんなドロドロとした貴族の欲望と陰謀が渦巻く中に自分が入ると考えるだけで、背筋が凍る程ゾッとするよ」
首に巻いている紫色のスカーフも良く見れば緩めているし、何よりもベルトで携えている背中の矢筒と茶色の手袋をはめた手に持っているロングボウが、彼が言っている事が事実だと物語る。
しかし今はそれよりも考えなければならない話があるのを、アニータが声を掛けて思い出させる。
「ねえ、赤毛の二人の話はもう終わったの?」
「え!? あ……あー、うん。もう終わったわ」
「だったら貴方、西の国境がその赤毛の二人組の手によって襲撃されたって事は知っているかしら?」
「は? 何の話だ?」
「ん?」
「え……ご存じ無いのですか?」
「ああ。全然知らないよ。西の国境が襲撃されただって? その赤毛の二人に?」
このリアクションからするとどうやら本当に知らないらしいのだが、大きな騒ぎになっていないとおかしい筈のこの話を何故この男が知らないのか疑問に思う三人。
しかし、知らないなら知らないで一からきちんと説明してみると、エリアスはかなり驚きの表情を見せた。
「西の国境が壊滅して、その国境の職員達も殺されただって!?」
「そうなのよ。それでその赤毛の二人組が謎の筒を持っていたから、姉様もアニータもそして私もこのシロッコで騒ぎになっているんじゃないかって思ってね」
しかし、エリアスの反応はまた同じものだった。
「知らない。何も知らないんだ。でもそんな大騒動だったらすぐに伝わらないとまずいよな。騎士団は知っているのか?」
「それはまだ聞いておりませんので何とも……。ですが特に厳戒態勢が敷かれていないのを見る限り、どうやら知らないみたいですわ」
「そうね。普通だったらこのシロッコの出入り口で検問をやるだろうし、今頃は騎士団がその犯人捜しに躍起になっているだろうしね」
とにかくその事が本当なら、即座に騎士団に伝えなければならないだろう。
三人はエリアスとともに、事情を説明しに向かうべく騎士団の本部へと向かって歩き出した。
だがその一方で、この三人組と同じ様な展開になったのにもかかわらず向かう場所は全く逆の展開になっている三人組の存在もあったのだ。




