47.信じたくない気持ち
「まさかあの人が……」
「昨日も同じセリフを言ってなかったか? それ」
「だって、そうとしか言えないじゃない!」
アレットはエルザに対して、悔しさを滲ませたセリフを吐き出した。
信じたくない。
その気持ちしか無い、自分のこの今の感情を口に出さなければどうにかなってしまいそうだとアレットは思っていた。
自分を含めた数多くの騎士見習い達から尊敬され、世界中で戦っているあのセバクターが今回起こった爆破事件の犯人かも知れないなんて、とても考えられなかった。
しかし、学院の警備を担当していた男から「セバクターがこの学院の中に入っていった」との証言が得られている。
そしてその後に爆破事件が起こった。
となれば、やはり考えられるのはセバクターが犯人なのが最も有力な説である。
「じゃあ、エルザはどう思うのよ?」
「私か? 私は、セバクターが犯人でも不思議では無いだろうな。人間も獣人も一緒だ。人の気持ちなんて何時突然変わるか分からないだろう?」
「セバクターさんが、この学院を爆破するのも分からないでも無いって事?」
「そうなるな。あの人は基本的に無口な人だったし、何を考えているか分からないんだから学院を爆破してやるって気持ちを持っていても不思議じゃない。もしかしたら、ドラゴンの生物兵器にも何か関わっていたりするかも知れないな」
「良い加減にしてよ! 貴方にセバクターさんの何が分かるって言うの!?」
「分からないな。分からないこそ私はこう言っている。じゃあ逆に聞くが、お前はあのセバクターの何を知っている?」
「それは……」
アレットは言葉に詰まってしまう。
そう言われてしまえば、ここの学院の卒業者で世界中で傭兵として戦っている、腕の立つ人間の男という位のかなり断片的な情報しか知らない。
言い返す事も出来なくなってしまった後輩の横で、エルザは爆発によって飛び散った建物の破片をガチャガチャと一箇所に纏めながら再び口を開いた。
「まあ、犯人と言うのも今はあくまで仮定にしか過ぎないがな。……爆破事件の犯人であったにしろ無かったにしろ、王国騎士団があの男を全国指名手配する為に動き始める筈だ。今の私達がやらなければならないのは、この学院の復興だ」
それに、と破片を纏め終わったエルザが話題を変える。
「お前はあの男を逃がしてしまっただろう?」
「……そうね」
燃え盛る学院の周りに集まっていた野次馬を遠ざけ、それから何があったのかを聞き出していたアレットは、その野次馬の中にセバクターの姿を見つけたのである。
その前に警備兵からの話も聞いていた上で、一旦見つけてしまったからには何があったのかを聞き出しておかなければならない、とアレットはセバクターの元に近づこうとした。
だがセバクターの方も自分に気づいたのか、サッと踵を返して夜のカルヴィスの街の中に身を翻して逃げ始めたのだ。
(逃げる気……!?)
やましい事が無ければその場から逃げる必要なんて無い筈だ。
逃げれば逃げるだけ明らかに怪しくなるので、これは何としてでも彼を捕まえて話を聞くべきだと考えたアレットは、学院の爆破事件によってどんどん集まって来ていた王国騎士団員や警備隊員達に声を掛ける。
「ピンク色の髪の毛をしている男が逃げているんです。捕まえて下さい!!」
その一言によって、アレットを筆頭にしたセバクター包囲網が完成した。
本当なら自分だってこんな事はしたくない。
だけど、こうして爆破された学院の野次馬の中から逃げ出すのはどう考えても怪しい。
ここは捕まえて話を聞き、無実であればそれはそれで良いのだ。
だがセバクターの方が上手だったらしい。
後から聞いた話によれば、セバクターは屋根の上を通って騎士団員と警備隊員達を振り切って逃げおおせてしまったと言う報告があった。
「お前も同じ事を考えているかも知れないがな、アレット。あのセバクターの事を信じたいって気持ちは分からない訳じゃない。私だって、このマウデル騎士学院の現役トップとして卒業生のあの人がこんな事をする人間じゃないって思っているからな。だが、それでもこの街から逃げて行ってしまったとなれば、怪しく思うのも当然なんだ」
「それは分かるけど……」
「良いか、くれぐれも変な気は起こすなよ。勝手に行動して大目玉を食らうのはお前だけじゃなく私もなんだ。今は爆発の原因とその場所が現場検証で解明されるのを待つしか無い。それまではここで後片付けをしながら待機だ。分かったな、アレット?」
「……はい、分かりました」
何時もは学院トップの成績を鼻にかけて何かと自分達を見下しがちのエルザだが、今の話は完全に彼女が正しいと認めざるを得ないアレットは、悶々とした気持ちを抱えつつも彼女の言う通り後片付けをしながら続報を待つしか無かった。
もしセバクターが犯人だとしたら、一体何故自分の卒業した学院を爆破する凶行を起こしたのだろうか?
それとその前に現れたドラゴンの生物兵器とは無関係なのか?
言い様の無い不安が、やけに晴れ渡っている空の下で学院関係者達を包み込んでいた。




