488.もう一つの噂
「えっ、大砲ってあれだけじゃないの!?」
「うん。噂で聞いた限りだけど、大砲の製造場所はリリヴィスの町の地下以外にもまだ幾つかあるらしいわ」
イクバルトの町に移動する前に衝撃の話をアニータが始めたので、レウスを始めとする他のメンバーはその話に聞き入る。
あのリリヴィスの町の博物館の地下にある大砲を潰したのでこれで安心出来ると思っていたのだが、どうやらそれで話は終わりでは無いらしい。
当然、アニータ以外の一行のテンションはヒートアップする。
特に博物館の下で大砲を壊したグループの中の、サイカとイレインのテンションの上がり具合は異常だった。
「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待って!! それってつまり、あの大砲以外にもカシュラーゼが製造する大砲があるって事よねぇ!?」
「そう」
「その大砲の製造場所はご存知ですか? それが分かれば早速そこに向かって大砲を壊さなければ、カシュラーゼが絶対に世界中に宣戦布告してもおかしくありませんよ!!」
「そうよそうよ! さぁ、さっさとその場所を吐きなさい! 吐くのよぉぉぉぉっ!!」
ソランジュとイレインの追及にドリスまで加わるものの、そんなテンションが最高潮に達している三人に対して冷ややかな視線を向けながら、アニータはポツリと一言呟く。
「知らない」
「はい?」
「私は知らない。あくまでも他の大砲が製造されているって噂を聞いただけだから」
「何それ……何よそれ!? ねぇ、本当は知っているんでしょ!? 吐きなさいよ! 吐くのよぉぉぉぉっ!!」
「まぁまぁ、お主はちょっと落ち着け!!」
「貴様も落ち着け、サイカ!!」
「貴方もですよ、イレイン」
ドリスがソランジュに止められ、サイカがエルザに羽交い絞めにされ、イレインはティーナに止められる。
その三人の静止によって至近距離で詰められていたアニータは、服の乱れを直しながら他のメンバー達に向かって先程の知らない、と言う答えに補足する。
「私が聞いたのは、他の何処かの国で大砲が製造されているって噂だけなの。それ以外の話については一切知らないわ」
「本当か?」
「本当よ。それにその大砲の情報を集めようと思ったけど、情報を記載した書類とかは見つからなかったし……それと無く一緒に仕事をしていた人達に聞いてみた事もあったけど口を揃えて知らないって言われたから、多分本当に知らなかったんだと思う」
「ならどうして、貴様はその大砲の噂を知っているんだ?」
「前に人肉工場に視察にやって来た、マウデル騎士学院の学院長のエドガーって人が話していたのよ。こんな臭い食べ物を作るよりも、さっさと博物館の地下の大砲とか他の場所の大砲を造っちまえよって、不満そうにぼやいていたのを聞いていたわ」
「ええっ、エドガー叔父さんが!?」
まさか、アニータからその名前が出て来ると思っていなかったエルザが驚きの声を上げる。
だがそんな彼女の様子にも動じないまま、アニータは頷いて話を続ける。
「確か貴方の親戚だったかしら。でもこれは事実。それからそのエドガーって人だけじゃなくて、黒い髪の毛の男女も一緒だったわ。確かリーフォセリアの商家だって言う、アーヴィンって名字の男女だったわ。下の名前までは紹介されなかったから分からないけど」
「おっ、おい……それって……」
「それってお主の両親……だろうな」
「ええ、間違い無さそうね」
エドガーだけで話は終わらず、レウスにも大きなショックを与える人物の名前が出て来た。
アニータの話によれば、ディルクによってマウデル騎士学院に通じる様に一時的に設置された転送陣によって視察に来たらしい。
その時に働いている作業員達に簡単に自己紹介をしたらしく、アニータはそれを覚えていたのだ。
「でも、まさか俺の両親までここに来ていたなんて思ってもみなかった。エドガー学院長の言っていた事は分かったが、俺の両親はその大砲の話について何か言ってなかったか?」
「特に何も。そもそも自己紹介された後はそのまま作業に戻ったし。エドガーって人がぼやいていたのが印象に残っていただけで、その二人は黙って視察をして帰って行ったと思うけど。その自己紹介の時以外に、その二人の声を聞いていないし」
「そうか、知らないか……。でもまさか俺の両親が来ていたなんて驚きだ。教えてくれて感謝する」
こうして一通りアニータからの報告が終わったのだが、問題はこの後の行動である。
最初はその他の大砲の破壊に向かおうと思っていたのだが、肝心の場所が分からなければ壊しに行けないので、サィードはレウスの両親やエドガーにこの事を問い詰めに行こうと提案する。
しかし、それを却下したのは何とレウスであった。
「それはダメだ、サィード」
「はぁ? 何でだよ! だってお前の両親とか学院長とかが絡んでんだろ!? だったら直接問い詰めた方が……」
「俺もそうしたいが、今すぐ問い詰めるのはダメだ。もっと確固たる証拠が無ければ証拠不十分でシラばっくれられてしまうだけだろう。三人とも人生経験はそれなりに長いからな。だから上手い事はぐらかされて、そして更なる追及を受ける前に証拠を全て破棄されるか、証拠を別の場所に移動されて終わりさ」