479.ざまぁみやがれってんだ!!
「ねぇ、ねぇ」
「……何だよ?」
「あの人、もうちょっと部屋の奥に誘導して」
「え?」
「良いから」
あの人と言うのはユフリーの事だろうか?
いきなり不可解な事を言い出したアニータに対してレウスは不信感を抱くが、この状況でこっそりとそう言い出すのは絶対に何か考えがあっての行動だろう、と思い直す。
だったらその考えに乗ってやろうと決意したレウスは、ユフリーの意識を自分の方に向ける為に一歩踏み出す。
「そうだ、お前……ここに初めて来たって言っていたな。何時ここに来たんだよ?」
「え? ここに来たのはついさっきよ。貴方達がこの中に入って来た後ね。だけどその前に貴方達がこの町に入って来たって言う連絡をここの人達から受けていて、ワイバーンで急いでやって来たのよ」
「そうか、だったらここに来たのが俺達の後って事になるから辻褄は合うな。それだったらそっちにあるそれも見てないんだろ?」
「えっ? それって何の事よ?」
「それだよそれ、ほら、そっちの奥にあるそれだよ。人型爆弾のキーポイントになる物体、そこにあるじゃないか。もっと近付いてみろよ」
「えー? どれの事よ?」
レウスのセリフに従って徐々に部屋の奥へと進んで行くユフリーの姿を見て、レウスとアニータ以外のメンバーは彼に対して視線を向ける。
「おい、貴様は一体何を考えているんだ?」
「そうよ、何をするつもりなの?」
「お、俺だって分からない。全てはアニータが言い出したんだ」
そう言いながらレウスがアニータに目を向けると、彼女は既に弓を構えていた。
それと同時に真顔でマウデル騎士学院の四人に指示を出す。
「おっ、おい、何を……」
「三秒後に外に出て走って。ここを爆破するわ!」
「はっ?」
「私の言う通りにして。あの敵を狙うから全力で止まっちゃダメよ。一階までノンストップで……三、二、一……ゼロ!」
有無を言わさず放たれた一本の矢は、迷い無く奥の方に居る敵の一体に命中する。
その瞬間、カッと強く眩しい光が敵の身体から発せられたかと思うと、ワンテンポ遅れて爆風が部屋の中に吹き荒れた。
その瞬間には何が何だか分からないながらも、五人全員が部屋の外へと出ていた。
「えっ、あ、きゃあああああ」
「振り返るな、走れ!!」
遠ざかって行くユフリーの絶叫を耳にしながらも、一瞬の内に大爆発する部屋から噴き出る炎に焼かれてたまるかとばかりに全員がひた走る。
廊下を全力疾走で駆け抜け、階段をジャンプで飛び降り、上から聞こえてくる多数の爆発音に振り返る余裕も無しに走り続ける。
その中でレウスは走りながらも全員を覆う様に魔術防壁を展開するが、かと言ってこの爆発に巻き込まれたら耐え切れる保証も無いので、とにかく走り続ける。
「な、何が起こっているんだよっ!?」
「三階にはあの人型爆弾が保管されている場所があるって言ったけど、多分それに誘爆しているんだわ」
「それにしては落ち着き過ぎじゃない!?」
「分かっている事に対して慌てても仕方が無いからね。それよりも無駄口を叩く暇があったら走るのよ」
「その淡々とした喋り方を聞いている私達の方が慌てるわよっ!!」
誘爆によって三階を瞬く間に呑み込んだ炎と爆風と煙が、階段を通じて二階へとやって来た。
普通は炎も煙も上に向かう筈なのだが、事前にこの屋敷を丸ごと燃やす為に撒いておいた階段の油に引火して三階から二階へ、そして廊下へとどんどん引火して行く。
廊下を焼き、各部屋を焼き、そして二階も炎に包まれて熱風が屋敷の中を支配する。
本来であればあのメインの部屋……人型爆弾の敵を倒して色々と調べるのもありかも知れないと思っていたレウスだが、攻撃対象が爆発物なだけにそうも行かないのが現状である。
「はぁ……はぁ、はぁ……とにかくこれで、この人肉工場も全てが終わったんだな……」
「ああ。犠牲になった人達には申し訳無いけど、これ以上の犠牲を出す為にも燃やすしか無いんだ」
「何にせよ、ざまぁみやがれってんだ!! 俺の国でとんでもねえもんばっかり作りやがってよぉ!!」
何とか一階のドアから外に出て、遠くから延焼に巻き込まれない様に燃え盛る屋敷を見つめる一行。
まさかここであのユフリーに再び出会うとは思ってもみなかったが、ここに来てしまった事があの女の人生の終わりだったのかと思うと、何だか複雑な気分になってしまう。
それでも、あの女はハンドガンで人体実験を繰り返していた非道な人物だったので、よく考えれば同情するのは無理そうであった。
そう考えるレウスの横で、一緒に脱出したアニータが相変わらず抑揚の無い声で聞いて来る。
「……ねえ、そう言えば貴方達はこの後どうするの?」
「この後? あー……この後はこの町の地下にある大砲の在り処を調べに行った奴等……ああ、俺達の仲間なんだけどな。その仲間達と合流して、もう一つの人肉工場があるって言う西の方の町に向かう予定だ」
「それってイクバルトの町の話かしら?」
「うん、そうだが……」
アニータは悪い人間では無いのだろうが、どうにも話しづらくて会話のリズムが狂ってしまうレウス。
抑揚の無い声がそうさせるのだろうか、それともやけに落ち着いているこの態度がそうさせるのか……どちらにせよ、余り得意な人間のタイプでは無い事だけは理解出来た。