473.状況説明
「ふぅ……やれやれ。ま、こんなもんだろ」
額の汗をふうっと袖で拭い、レウスは周りを見渡してそう呟いた。
これでようやく人肉工場の調査に向かえる筈なのだが、今の四人は調査の事よりもどうしてリリヴィスの町がこんな状況になっているのかに関心がある。
「でも、これって何なのよ? シルエットからするとどうやら人間や獣人なのは間違い無いけど……それで何がどうしてこうなっているのか、誰か説明して貰いたいわね」
「そうだよな。せめてこの状況が分かる人間か獣人が居れば、リリヴィスの町の異様な状況が把握出来るんだが……」
「私が知ってる」
「っ!?」
突然聞こえて来た、四人全員が聞き覚えの無いその声。
それは四人が居る場所から約二十歩程離れた場所に立っている、赤毛の小柄な女が発した声であった。
赤毛の女と言えば、あの因縁のある赤毛コンビの一人のヨハンナを咄嗟に連想してしまうレウスだが、良く見てみればそれは赤毛と言うよりかは、赤に近いピンク色の髪であいる。
背中にはロングボウを背負っている事からも分かる通り、マウデル騎士学院の四人に対して弓使いの戦士のイメージを持たせる。
(しかも、確かヨハンナの奴はショートカットだったが、あの女はもうちょっと長い髪型だ。だとしたらこのリリヴィスの町の生き残りなのか……?)
物凄く抑揚の無い、淡々とした声色で話すその女に対して一種の不気味さを覚えながらも、レウス達はその女に対してまずは正体を尋ねる。
「知っているってどう言う事だ? ってか、君は一体誰なんだ?」
「私はカシュラーゼ側の人間……でも、もう抜けたいって思っているの。だからこの町のこの現状について、教えようと思っているわ」
「カシュラーゼ側の人間だって? なら貴様は、裏切ってもう抜けたいって思っているのか?」
「うん……だって、あんなに酷い事をするなんて正気の沙汰じゃないし」
「名前は何て言うのかしら?」
「私はアニータ。……あー、そう言えば私は前にもイレインって人に色々と教えていたんだけど、その人について知っているかしら?」
「イレインだって!?」
初対面の筈のこの女の口から、自分達が知っている男と同じ名前が出て来た。
そのイレインと言うのが自分達の知っているイレインで間違い無いと言うのであれば、サィードを始めとするこの四人は以前そのイレインが言っていた一言のあれかな……と回想を始める。
『いえ、僕達があの町の中に潜入した時には、そんな大砲らしきものはありませんでした』
『はっ? だったらその開発情報って言うのも嘘じゃないの?』
『いいえ、これはカシュラーゼのやり方に嫌気が差して秘密裏に抜けたがっている敵の一人から聞いたので信憑性があります。その方の証言によれば、どうやらその大砲はリリヴィスの町の地下で開発が進められているらしいのです』
『地下……?』
『あのドラゴンと言い、カシュラーゼの連中は地下が好きなんだな。じゃあ地下でその開発を進め、使う時になったら地上に出すって算段か?』
『恐らくそうかも知れません』
このやり取りを思い出した一行の中で、サィードが代表してその事を聞いてみる。
「なぁ……もしかして大砲に関する話をイレインにしたってのもお前か?」
「大砲? ああ……大砲ってもしかして、このリリヴィスの町の地下にあるって新開発兵器の事かな。それだったらした覚えがある」
「やっぱりか。俺達はそのイレインの知り合いだよ。カシュラーゼのやり方に嫌気が差して、秘密裏に抜けたがっている敵の一人が居るって聞いていたけど、それってお前の事だろ?」
「かもね」
しかし、レウス達はこの女の事を完璧に信用した訳では無い。
この女がカシュラーゼ側の人間だと言うだけで信用出来ないのだが、イレインから聞いていた話の女であればまるっきり信用しない訳にも行かないので、とりあえず話だけでも聞いておく。
「で、その地下の大砲の話も凄い気になるんだけど……まずは何でこのリリヴィスの町に、こんな気持ち悪い黄色い液体を撒き散らす人間とか獣人とかが居るんだよ? 明らかに普通の状況じゃないよな、これってさ」
「うん。だから伝えに来た」
「それは良いんだけど……とりあえず生き残っているのはお前だけじゃないよな? さっき城壁の上で見張りをしていた奴等もそうだろ?」
その城壁の上に居た連中に見つからない様に、ガラハッドが考案した方法で何とかこの城壁の内側に入り込んだと思っているレウス達。
だが、アニータと名乗ったその女からは衝撃的な発言が飛び出して来た。
「あれは……ダミー」
「ダミー? ダミーって偽物って事かしら?」
「そう。あれもこの倒れている人達と同じ……麻薬によって普通の人じゃなくなっちゃった、哀れな人達……」
アニータによれば、その見張りは外からリリヴィスの町を見上げた時に、一見すると正常に見張りが機能している様に見せる為だけに置いてあるものだったらしい。
本当はもう自我が無く、徘徊を繰り返すだけの生きた操り人形の存在である、と言うのがアニータの主張だった。
どうやらこのリリヴィスの町は、かなり深刻な状況に陥っているらしいのだ……。




