439.イレイデンの現状
抜け道から城の外へと出た一行は、サィードによって閉じられたその抜け道の出口を一度だけ振り返ってからその知り合いのイレインと言う男の元を目指して走る。
こうして固まっているとどうしても目立ってしまうので、そこはなるべく人目につかない路地裏等を走り抜ける事で対処する。
「今、ここはヴァーンイレスであってヴァーンイレスじゃねえ。イレイデンであってイレイデンでもねえ。建物を見てみると分かると思うけど、そこかしこにカシュラーゼの旗とか、それからイーディクトとかソルイールの旗が立っているだろ?」
「本当ね。あっちにはカシュラーゼの紫の旗が立っているし、あそこにはソルイールのオレンジの旗、そしてあれがアイクアルの黒い旗……」
「向こうに見えるのがイーディクトの白い旗ね」
路地を出る所で一旦足を止め、サィードに言われるがままに王都イレイデンの町並みを見渡す一行。
サイカやドリスが確認する通り、至る所にそれぞれの国の紋章が描かれた国旗が建てられているものの……肝心のヴァーンイレスの国旗は一本も立っていないのである。
それに最初に気が付いたティーナが、驚きと気まずさの混じった声を上げた。
「あ……ヴァーンイレスの旗が……」
「そう、立ってねえんだよ。それも一本もだぜ。ここって一体何なんだ? ここはヴァーンイレス王国じゃなかったのかって。イレイデンじゃねえのかって。こうやって見ていると疑問に思っちまうんだよな」
しかし、自分達がセキュリティシステムを起動したのは間違い無くこのヴァーンイレス王国の王族の活動場所になっているベリザッコ城なんだし、最初にディルクの弟子のラスラットが座っていたあの椅子だって、間違い無くサィードの父親が座っていた玉座なのだ。
この事実は揺ぎ無いものなのだから、遠慮する事は無い。
「だから俺は、まずはここにある全ての旗をヴァーンイレスのシンボルカラーの青い奴で埋め尽くしてやるぜ。その為にもこれから先はお前等の協力が必要なんだ」
「そうよ。そもそもその為にこうやって路地裏をコソコソ走って来たんじゃないのよ。今はもう夕方でそろそろ日も暮れるんだから、別にそこまでコソコソしなくても良いと思うんだけどなあ」
そう言いながら、サイカは今までの時間の流れを振り返ってみる。
アークトゥルスの墓へと向かったのが今日の昼過ぎ。そこでメイベルやあの赤毛の二人と出会って戻って来て、エスヴァリークを出発したのがその少し後。地下通路をドラゴンに追い掛け回され、ベリザッコ城の中での戦いが終わったのが昼下がり。敵の死体等の簡単な後片付けをしてセキュリティシステムを起動させたのが夕方。
そして今、夕暮れのイレイデンの町の中をこうして駆け抜けているのだが、人通りが少なくなって来ているのだから別にもうちょっと大胆に行動してもバレやしないんじゃないか、と思ってしまうサイカ。
だが、それに対して反論したのはサィードでは無くてレウスだった。
「いや、このままコソコソ行動した方が良い……」
「何でよ?」
「見てみろ、あれ」
レウスの指差す先には、紫を基調とした甲冑を着込んでいる騎士団員の様な格好の人間と獣人達がパトロールの為に目を光らせながら歩いている光景があった。
「わざわざあんな紫の甲冑なんて、センスが問われそうな色の装備をしている奴等が歩いている。と言う事は既にこのイレイデンの治安を守っているのは、カシュラーゼの息が掛かっている連中だって事だろうな」
「えーっ? でもヴァーンイレスの甲冑があのデザインだって事も考えられないかしら?」
色だけで判断するのは間違っているんじゃないかと反論するサイカだが、一番説得力のある人間がレウスに同調する。
「ちげえよ。そもそもあんなだっせえデザインの装備が、正式なものとして俺のヴァーンイレスにあってたまるか。言っただろ、俺の知り合いが逐一このイレイデンを始めとした色々な場所の情報を送って来てくれるんだって。それでもう、このイレイデンを始めとした色々な町や村が支配下に置かれちまってんだよ。ってか、ベリザッコ城の中であいつ等と同じ格好をした連中と戦っただろーが」
「あ、そっか」
「そっかじゃねえよ。とりあえずもう行くぞ」
こんな所で余り時間を浪費する訳にもいかないので、サィードがそれで会話を切り上げて合流場所へと急ぐ。
町外れの廃屋で合流すると言う連絡を受けているので、人目につかない様に色々と話すにはうってつけの場所だろう。
「ほら、あそこだぜ」
「えっ、あそこなのか?」
「そうだ。あそこでイレインの奴が待ってる筈だから中に入るぞ」
そうしてようやく辿り着いた町外れの場所。そこは元々パン屋だった事を示す看板が掛かったままの、人気がまるでしない小さな建物だった。
この中にそのイレインと言う、サィードの知り合いが居るのかと若干身構えながら彼の後に続くレウス達の目の前で、サィードが出入り口のドアをドンドンとノックする。
「おい、イレイン! 俺だよ、サィードだよ!」
「……王子? サィード王子ですか?」
「そうだよ。ずーっと連絡取ってたんだからこの声を忘れねえでくれよ」
「あっ、はい! 今開けます!」
中から聞こえて来たのは若い男の声。
その声に続いて、ガチャリと内側から開けられたドアの向こう側から一人の若い人間の男が姿を現わした。




