436.例の計画
サィードが決意をしている丁度その頃、撤退してワイバーンで辺境の廃村に身を隠していた魔術師ディルクの弟子であるラスラットは、通信用の魔晶石越しに師匠からこってりと絞られていた。
『全く、君の能力を信じて統治を任せていたのにこれは一体どう言う事なの?』
「す、すみません……」
『やっぱりそっちに関してはまだまだか。僕みたいにもっと魔術の実力があるならまだしも、君はまだ十代の人間だから舐められるのも分かる気がするけどね。でも今回の失態は決して許されるものじゃないよ。君はヴァーンイレス王国の最重要拠点を、呆気無くあの五百年前の勇者に渡す事になってしまったんだからね』
そう、せっかく手に入れたヴァーンイレス王国の……それもベリザッコ城と言う王都の中でも一番重要な拠点を制圧されてしまったので、こうなってしまうと王都の三分の一を制圧されてしまったも同じであろう。
いずれイレイデンそのものも制圧されて奪還されてしまう可能性が高いのだが、問題はそれよりも地下にあると言われているエヴィル・ワンの身体の欠片である。
『色々とリサーチして、ようやくあの地下迷宮みたいになっている場所にエヴィル・ワンの身体の一部があるかも知れないって見当つけたのに、ここでこれはまずいって』
「いや、その……すいません」
『すいませんじゃなくてさ、僕が聞きたいのはこれから君はどうするって事なの。これから君は僕に対してどうやって成果を見せてくれるの?』
「え、ええと……まず俺が戦力を集めてイレイデンが奪還される前にあの連中を潰しに行きます」
『足りないよ』
「はい?」
足りないとは一体どう言う事だろうか。
自分としては最善の方法を提案しているつもりなのに、これ以上この師匠は自分に対して何を求めるつもりなのだろうか、とラスラットは魔晶石越しに頭を抱える。
その苦悩する雰囲気が師匠にも伝わったらしく、わざとらしく盛大に溜め息を吐いてディルクが続ける。
『だからさっきも言ったじゃない。そのイレイデンの地下にエヴィル・ワンの身体の一部があるんじゃないかって噂されているって。だからあのドラゴンの生物兵器まで送り込んで番犬代わりに使っているのに、一向に成果が上がらないじゃないか』
「つまり、俺がそれを調べろって事ですか?」
『そうだよ。そもそも僕がこれまで色々と謎を解明した結果が、あの壁画の部屋を見つける事に繋がったんだよ。でもそれ以上の謎があるらしくて、この僕の頭脳をもってしても分からないんだよね。だから若い君の能力を頼りにしてんの。分かるかな?』
「師匠だって十分若いじゃないですか」
『なーに? 何か言った?』
「……いいえ、何も言ってないっす」
このやりとりにうんざりしたラスラットは、何処かぶっきらぼうに言ってそれ以上の会話をするのを諦めた。
とりあえず今後自分がやるべきなのは、イレイデンの占拠阻止とベリザッコ城の奪還、そして地下通路の謎を解明する事である。
その為にも、まずはあのアークトゥルスの生まれ変わりを倒すべく反撃態勢を整えるべきだと頭の中に刻み込んだ。
その一方でひとしきり自分の弟子を絞ったディルクは、ここでふとある事を思い出して話題を変更する。
『ねえ、あの計画ってどうなってる?』
「あの計画?」
『やだなあ、忘れちゃったの? ほら……工場のだよ』
工場の……と聞いてピンと来たラスラットは、それなら問題が無いとディルクに告げる。
「ああ、あれは順調に三箇所とも進めてますよ。西も北も、それからイレイデンも師匠の言う通りです」
『それなら良いや。あれは貴重な収入源なんだから壊さない様に頼むよ』
「そうですね。あれがカシュラーゼにとっては収入の二割を占めている程の重要な事業ですもんねえ」
『そうそう。僕の趣味が高じて始めてみた事業だけど、今じゃ割と収入になっているんだから世の中って何がどう転ぶか分からないもんだよねえ』
「本当ですよ。俺も最初に聞いた時は本当にやれんのかって思いましたけど、まさかこうやって好きな事で生きて行けるなんて思ってもみなかったですからね」
この二人にはとある趣味がある。それは、一般社会の中では到底口に出して言う事が出来ない程に恐ろしい趣味なのだ。
当然、ディルクもラスラットもその趣味が常人にはなかなか理解されないであろう事は知っている訳だし、そもそも最初から理解して貰おうとも思っていないのでどうでも良いのだが。
『そうそう。世間にはこの高尚な趣味を理解されないからねえ。材料の方の調達は滞りないよね?』
「ええ。そんなのは幾らでも手に入りますから。この国の中に材料は一杯あるし、コストだって掛からねえし。他国にだって色々取り引き相手が居るんですし、幾らでも偽装出来ますからねえ」
『うん。それじゃそっちは任せるよ。僕は新規の顧客を探す手配もしておくから。でもあくまでも忘れないでよ。君の最重要任務はヴァーンイレスの統治なんだからね』
「……はい、分かりました」
この事業にうつつを抜かすのも良いが、かと言って確かに本業が疎かになってはいけないだろう。
ラスラットはその事を頭に刻み込み、今日はもう疲れたので眠る事に決めたのであった。




