432.敵の支配下と予備
だが、この広い城の中をたった八人で探し回るのはそれこそ時間が掛かるだろうと言う事で、サィードが手描きの地図を用意してくれる流れになった。
「これが城の見取り図だ」
「……ぐちゃぐちゃじゃない」
「しょーがねーだろ。俺は絵は下手糞なんだよ」
「まあ良いわ。それでこの城の守りを固める作業も同時に行なうって話だったけど、そこは具体的にどうするの?」
「それは……戦力的には騎士団も何も無えから、とりあえず俺にちょくちょくヴァーンイレスの情報をくれていたツテに連絡してみる。で、城の内部の守りに関してだが……」
そこで何かを思い出して、サィードの表情が固まってしまった。
これは悪い予感しかしないのだが、それでもその固まってしまった彼に対して理由を聞かなければ納得しない一行は、ドリスが代表して尋ねてみる事に。
「どうしたのよ?」
「いや、それがだな……城の中を色々と駆け回って来た時に気が付いたんだが、ここの城の中の通信システムとか、それから防御の為の吊り橋とか外壁の魔術プロテクトとか、全て敵の支配下に置かれているんだ」
「はっ? それって今も!?」
「そうだ。それもその制御システムはこの城の敷地内にある訳じゃなくて、城下町に専用の管理センターがあってそこで制御されているんだ」
「何で? そんな大事なものだったら、それこそマウデル騎士学院みたいに同じ施設の中の一か所に纏めておくべきなんじゃないの?」
アレットの疑問に他のメンバーも同調するが、サィードは「そうじゃないからこそ防御システムなんだ」と玉座に座ったまま首を横に振る。
「考えてみてくれよ。もし一か所に纏まったシステムの場所に総攻撃されたら、その時点で全てが駄目になっちまうだろ。隣のエスヴァリークはそうやっていたみたいだから、爆発事件が起こった時にもああやって復興に時間が掛かっていたんだろうな。まぁ、ユディソス全域が爆破されたから仕方ねーっちゃねえけどよ」
「その点、こっちのヴァーンイレスは分散しているから平気だって?」
「ああ、そうさ。王都中の分散している場所にセキュリティシステムがあるんだ。リスクの分散って奴だな」
「でもそれだと、王都のイレイデンがやられてしまったら同じなんじゃないか?」
「だと思うだろ? でも実はそう言われるのを見込んで、二重三重に予備を用意してあんだよ」
「予備……?」
予備って一体何の事だ? と首を傾げるレウスに対して、サィードはその内容を細かく話し始めた。
「まずはこのシステムの予備が、このベリザッコ城の地下にある。しかしそこも既に制圧されちまっているだろう。だからそんな時の為に更に別の場所にセキュリティシステムを作ってあるって事は、俺達王族だけの秘密だからこのヴァーンイレスを制圧したカシュラーゼや他の連中も知らない筈さ」
「そんな所があるのか?」
「ああ。だからそこに向かってセキュリティシステムを起動しちまえば、この城の……いや、イレイデンの外に出る事も出来ないし中に入る事も出来ねえ。流石にヴァーンイレスの全土にそんなセキュリティシステムを作れるだけの予算も材料も無かったが、有事の際にそのセキュリティを起動しちまえば少なくともイレイデンとベリザッコ城は守れるんだよ。更にベリザッコ城だけをプロテクトするシステムもあるんだぜ」
サィードの言っている事が本当なら、まずそれを起動してしまえば良いだろう。
なのでその「別の場所」に案内して貰うべくサィードの後に着いて行く一行は、やがて一つの部屋の前に辿り着いた。
「ここは……?」
「国王陛下の執務室を兼ねた寝室だ。つまり、俺の親父がここで書類纏めたり諸外国との貿易関係の指示を出したりしてたんだよ」
「まさかここに、その予備のシステムを格納してある場所があるのか?」
「へへ、当たりだ。ええっと確かこの辺りに……ああ、あったあった」
サィードが、執務室から続くドアを開けた先の寝室に入り込んだ先でお目当てのものを発見した。
既にここも占拠されていた様で、サィードがまだここに居た当時とは色々と家具の配置や種類が変わっているらしいのだが、どうやら敵もそこには気が付いていなかった様だ。
サィードはベッドの横の壁を手で探り、彼の背丈で届くか届かないかのギリギリの場所を強く押してみる。すると……。
「おっおっおっ……おっ?」
「お、おおおおお?」
ガコン、と音がして壁の一部が手のひらサイズの正方形状に奥に押し込まれて、そのままゴゴゴ……と音を立てて壁そのものが変形して行く。
そして床まで届く長方形に押し込まれた壁が、クルクルと回転する隠し扉として機能するのを知ったのは部屋が静かになった時だった。
「よっしゃ、この先にセキュリティシステムのもう一つの予備がある筈だからそこに向かうぜ」
「お、おう……」
まさかこんな仕掛けがこの寝室にあるなんて……と唖然とするレウス達は、先に壁の向こうに消えて行ったサィードを追い掛けて同じ様に壁の向こう側へと足を進める。
その壁の向こう側には石造りの長い階段があり、ひんやりとした空気が漂っている。
果たしてこの先に何があるのか……と不安半分、高揚感半分の一行の目の前に現われたのは、この王国が誇る最高のセキュリティシステムだった。