430.トワイライト・カルネージ
登場人物紹介にラスラット・オーレデトル・ジェスリックを追加。
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血飛沫を撒き散らしながら倒れ込んだラスラットのシャツの胸倉を掴み上げ、サィードは彼の身体をガクガクと前後に揺さぶる。
「さぁ言え、答えろ!! お前達はどれだけの規模の戦力を有していて、何処まで勢力を伸ばせば気が済むんだ!? それからエヴィル・ワンを復活させて最終的に世界征服が目的なのか!?」
「ふふ……」
「笑ってねえで答えやがれってんだよ!!」
前後に揺さぶられながらも余裕のある表情を崩さないラスラット。
負けたのにここまで余裕がある表情とは、性格も師匠にそっくりなのだろうかと思ってしまうサィードの目の前で、彼が思い掛けない言葉を口にした。
「答えるも答えないも俺の自由だろ」
「何だとっ!?」
「それに、答える前に自分の後ろを振り返って現状を確認しなよ。とんでもない事になっているからな」
「なっ!?」
まさか自分以外の全員がこいつの部下にやられてしまったのだろうか、と最悪の状況をイメージしてしまうサィードは、その余裕ぶったこの男の態度も含めて不安を感じてバッと後ろを振り向く。
しかし、そこに広がっていたのは敵によって殲滅された自分達の仲間では無く、自分達の仲間によって殲滅されかけているラスラットの部下達であった。
一体これはどう言う事なのかを問い詰めるべく再びラスラットの方を向いたサィードだったが、そんな彼の目の前に黒いボールが飛び込んで来た。
「ぐはっ!?」
「甘いんだよ!」
パンッと音がしてボールが弾けたかと思うと、その瞬間ボールの中から白い煙幕が勢い良く噴出される。
その煙によって目と鼻に痛みを覚えたサィードの身体を全力で突き飛ばし、更に煙幕の入っているボールを玉座の間の中に撒き散らしながらラスラットは部下達に声を掛ける。
「おいみんな、ここは一旦撤退するぞ!! この城はもう落とされたから一度他の国々と協力して体勢を立て直すぞ!!」
「な、何よこれ……うぐふえっ!?」
「あがっ、め、目が! 鼻がっ!!」
「い、痛いいいいいい!!」
ラスラットの決定に従い、煙幕攻撃によってサィードと同じ様に苦しみ出すレウス達を尻目に玉座の間から一斉に撤退して行く彼の部下達。
そしてようやく煙幕が収まった時には、その煙によってまだ目や鼻が痛む八人以外の姿は何処にも無かったのである。
「ぐふ、ぐへえ……何なのっ、よっ……これえ!?」
「うぐうう、恐らくこ、これはっ……苦しませる為の……薬か何か……げえええっ!」
「あーっ、気持ち悪い……うううえええ!!」
目と鼻の痛みに加えて吐き気と頭痛まで一気に襲い掛かって来るので、こんな状態ではとても満足に行動出来ない。
その中で、レウスは力を振り絞って久々にあの魔術「トワイライト・カルネージ」を発動する。
闇属性の魔術とほぼ同時期に失われたと言われている、闇属性の魔術に対抗するために生み出された、光属性の魔術。
支援と補助が目的で、自分を中心に円形の魔法陣を生み出した範囲に光属性の魔力を展開し、まるで太陽の光が地面から湯気となって現れる様なエフェクトで発動する。
この魔力が湧き出す範囲に入った者は、傷も疲れも瞬く間に癒される広範囲の回復魔術。更に体内の減った魔力も回復させてくれるので、魔術師にとっては夢の様な魔術である。
「トワイライト・カルネージ……みんな、俺の所に集まれっ!!」
咳き込みながらも詠唱を終え、バラバラに散った場所に居るメンバーに向かって大声で指示を出すレウス。
その声に反応して、それぞれのメンバーが自分の足に力を入れてゲホゲホと咳をしながらその魔術の発動範囲内に入り込む。
すると瞬く間に、その苦しさと痛みがスーッと身体から抜けて行く感覚に驚愕する。
「う……嘘っ、何これっ!?」
「す、凄いですわ!! これって貴方の魔術なんですの?」
「ああそうだ。五百年以上前に失われたとされる魔術の一つでな。魔術師の間では夢の魔術だって語り継がれているらしい」
その彼のセリフに反応したアレットが、痛みの収まった喉をさすって異常が無いのを確認しながら頷いた。
「ええ、そうよ。トワイライト・カルネージは幻の属性だって言われている光属性の魔術。私は光属性の魔術なんて伝説の中の話だと思っていたけど、今こうやって自分の身体で体感してみて本当に現実なのが良く分かったわ。ありがとう、凄いわレウス」
「いや……そうでも無いけどそう言われると照れるな。しかしそれよりもあの連中が何処に行ったのか調べる必要があるな」
探査魔術で探ってみても城の中に自分達以外の気配が無いのを確認出来るので、この城はこれで取り返したと言う事になるらしい。
だったら今後はあの逃げたラスラットとか言う、ディルクの弟子達を追い掛けなければならないだろう。
しかし、それに待ったを掛けたのが玉座に向かって歩いて行くサィードだった。
「いや、それよりもまずはこの城の中を全て調べてみよう。俺がここから居なくなった時から何がどれ位奪われたのかってのを知っておきたいからな」
「こ……ここから?」
「どう言う事だ、サィード?」
まさか……とある程度の予想をつけ始める一行の目の前で、サィードは当たり前の様に玉座に座ってこう言ったのだ。
「だって、元々は俺がこの場所に座るべき人間だからさ。俺がこの国を治めなきゃならねえ存在だって言われてたのに、その前にカシュラーゼの連中に奪われちまったんだからこうやって国王の座を取り戻しに来たんだよ」