427.弟子
レウスが心の中に疑問を浮かべたまま、サィードの後に続いて再び城内を制圧し始めたその時から時間は少しさかのぼり、レウス達が地下通路から脱出して最初の敵達と交戦し始めた頃。
遠く離れたカシュラーゼの研究室で、ディルクがドミンゴから報告を受けていた。
「あのアークトゥルスの生まれ変わりが率いるパーティーが、ヴァーンイレスの王城ベリザッコに入ったそうです」
「えっ、どうやって?」
ディルクには、レウス達のこれからの行動については大体予想はついていた。
エスヴァリークに飛ばした彼等の進軍ルートを考えれば、北の隣国であるこちらには戻って来られないだろうから、次に目指すのはそのエスヴァリークの西の隣国であるヴァーンイレスだろうと。
しかし、エスヴァリークの帝都ユディソスから転送装置を使ってヴァーンイレスの近くにある町まで行けたとしても、ヴァーンイレスは既にカシュラーゼのものになっている上に、その王都であるイレイデンは完全にカシュラーゼの手中に落ちている場所なので容易に入り込む事なんて出来ない筈だ。
「それだけのセキュリティを魔術で作り上げた筈なのに、イレイデンのベリザッコ城の中に入っただって? 僕のセキュリティに問題があったって事?」
「いえ、それがですね……既に制圧されそうになっているそのベリザッコ城の中庭の部隊が目撃した所によりますと、例のアークトゥルスの生まれ変わり達はどうやら地下の通路を通って中庭に侵入した模様です」
「地下の通路ってまさか、あの壁画の場所か!?」
その報告を聞き、普段は余裕でキザな態度が特徴的な自信家のディルクの顔に焦りの色が浮かぶ。
地下通路と聞いて真っ先に思い浮かぶ光景と言えば、自分がイレイデンの地下にあるあの通路の端の方にあった壁画の部屋を調べていた際に、突然何処かから現われたあのアークトゥルスの生まれ変わりと、その仲間であるトラ獣人の大男と赤いコートを着込んだ茶髪の女の姿だった。
『何だね、君達は?』
『っ!?』
『貴様、何者だ!!』
『何者だとはご挨拶だな。と言うかそれは僕のセリフだよ。君達こそ一体何者だ? どうやってここに入って来た?』
『俺達はイーディクト帝国の中にある魔法陣を使ってここまで来た冒険者だ。そっちは?』
『冒険者だと? それに魔法陣って……まさかあのウェイスの町の魔法陣を起動したのか?』
『ああ。何か変か?』
『もしかしてあの町の中に居た、カシュラーゼから命令を受けた傭兵集団はてめえの仲間か?』
『そうさ。僕が都合の良い様に動かしていた人足みたいな奴等だよ。さっきも大きな魚を土産にくれてやったらそれだけで喜んでいたからね。その日暮らしで食うのにも困っていた様な奴等をここまで使ってあげたんだから、感謝して欲しいもんだよ』
その時の三人との会話を思い出し、ディルクの頭に彼等が地下通路に侵入したルートが思い浮かんだ
「そうか……一旦あいつ等は旧い方のウェイスの町に戻って、そこの転送陣からあの壁画の部屋のドアに設置したトラップを上手く潜り抜けたか壊したかして入り込んだんだな。くそっ、あっちに戻るとは予定外だった!」
冷静に考えればそのウェイスの町にある転送陣を使う事は予想出来た筈なのに、カシュラーゼの魔術防壁を完璧に仕込んだのと、ソルイールの奪還作戦とアークトゥルスの墓の下の物品を全て回収出来た事で浮かれていたのが仇となった。
だが、そのベリザッコ城の守りを固めている存在を思い出してディルクは気持ちを落ち着かせる。
「今すぐに、ヴァーンイレスの方に騎士団と魔術師の合同部隊を派遣致しましょうか?」
「いや……それは止めてくれ。ただでさえあのベリザッコ城をどの国が最後に支配するかで未だに揉めているのに、そこに騎士団やら魔術師やらを送り込んだら他の国からクレーム来ちゃうから」
「ではいかがなさるので?」
「心配するな。あのベリザッコ城はカシュラーゼの部隊が今もまだ制圧しているんだ。それにその部隊を纏めるのは、僕が手塩に掛けてこの二年間育てて来た愛弟子なんだから問題無いよ」
自分にも弟子が居る。
二年前に旅をしていた時にひょんな事から出会い、彼の魔術の才能と戦いっぷりを見込んだディルクの手によって鍛え上げられた若きホープの愛弟子が、あそこのベリザッコ城に常駐しているのだから心配する事は無い。
ディルクはそう主張するが、その存在を知っているドミンゴは不安気な様子である。
「ああ……『罪深き悪魔』の異名を持つ彼の事ですね? ですが……私から致しますと、彼はまだ子供の部類です。魔術や武術の才があったとしても、統治に関しては今一つかと思いますが」
「……うん、そこは問題だよ。戦いのセンスと魔術のセンスはあるけど、まだ部下を纏める立場としては弱いと思うんだよねえ」
ディルクが「問題無い」と言うのはあくまでも戦いに関しての話で、今でもカシュラーゼと他の国の間でベリザッコ城の所有権で揉めているのを見ると、その辺りの抑え込みが彼では上手く行って無さそうなのが心配だ。
しかしそちらに回せるだけの戦力の余裕は無いので、今はとにかく彼を信じるしか無いだろう……とドミンゴに告げるしか無いディルクだった。