422.サィードの道案内
しかし、そう言われてもアークトゥルス時代のレウスだってこんな地下通路は知らない場所である。
いや、記憶に無いだけで本当はここを訪れた事があるのかも知れないが、少なくとも今の自分がそう聞かれてすぐに思い出せる様な場所では無かった。
「知らないな。本当に知らない」
「本当かぁ?」
「本当だよ。もしかしたら来た事があるかも知れないがな。そうだとしたらその内思い出すかも知れないし。……それよりも今のここを知っているのはお前の方なんだから、ちゃんと道案内頼むぞ」
「分かったよ」
適当に話を切り上げ、サィードに道案内をさせるレウス。
確かに自分で言っていた通り、この入り組んでいる迷路の様な地下通路で迷い無く歩を進めて行く彼の足取りは軽い……のだが、ふとその足が止まってしまった。
「おい、どうした?」
「しっ! 静かに……この先から強い殺気を感じるぞ」
「え? ちょ、ちょっと待ってろ」
錆び付いた青銅色の大きなドアの向こうに、とんでもない気配があるのを察したサィード。
そして唐突にサィードからそう言われたレウスは、お得意の探査魔術を発動して辺り一帯の気配を探り始める。
考えてみればあの壁画があった部屋からそうしておけば良かったなと若干の後悔をしつつ、探査魔術の結果がどうだったのかを確認するレウスだが、ドアの向こうが非常にまずい状況になっているのが分かってしまった。
「……」
「どうだったの、レウス?」
「これ……恐ろしい事になっているぞ」
「はっ?」
アバウトな事しか言わないレウスに対してサイカが突っ込んでみると、レウスは探査魔術で得られた情報を全て話し始めた。
「この通路はサィードが案内している通り迷路みたいに入り組んでいるんだけど、確かに魔物や人間、それから獣人の気配がウジャウジャしているぞ」
「うえ……それってどれ位?」
「全てを察知する事が出来ないから何とも言えないんだけど、とりあえずかなり多い。この先から感じる気配は魔物の類だな。全員武器を構えろ。俺は全員に魔術防壁を張るからな」
レウスの指示に従ってそれぞれが武器を構え、指示を出した本人は魔術防壁を掛けてから久し振りにあの広範囲の魔術を詠唱しに掛かる。
魔力の四属性全ての大小様々なエネルギーボールを、武器から出る衝撃波によって縦横無尽に四方八方目掛けて乱射する、広範囲かつ超強力な範囲魔術攻撃……「クレイジー・アルカディア」。
最初にこの技を出した時は訓練用の槍を使ったのだが、今回は本番なので愛用しているこの槍の中に魔力を流し込む。
更にサィードのハルバードの中と、ドリスのハルバードの中にも同じ様に魔力を流し込んでやって準備を完了させた。
そして使う前の注意事項も併せて教え込んでおく。
「……と言う訳で、これは広範囲の魔術なんだ。だから使う場所を考えなければ敵味方関係無く巻き込んでしまうから、そこに注意するんだ」
「分かったわ」
「それから、これは一度の魔力の充填で一回限りしか使えない。また使うとなれば魔力を注がなければならないから、一回の戦闘で一回限りの大技だと覚えておけ。武器そのものへの負担も激しいしな」
「ああ、五百年前のアークトゥルスの必殺技かぁ……ドキドキするぜ!!」
神妙な顔つきになるドリスと、興奮を抑えきれない様子のサィードを見比べてみて、このサィードの方は本当に分かっているのだろうかと思わずレウスは不安になってしまう。
だが、二人ともエスヴァリークの武術大会で決勝トーナメントに進むだけの実力は持っている。
特にサィードは、イーディクト帝国でドラゴンを討伐しに行く途中で魔物達を討伐して道を切り開いてくれた事もあって、レウスも絶対の信頼を寄せている男だ。
この男二人、女六人と言うアンバランスな男女比のパーティーだが、全員が今までの長い旅路を乗り越えて少しずつ実戦経験を積んで来ただけあって、これから先も自分の実力に自信を持って進まなければ、きっと乗り越えられないだろう。
「良し、準備は良いな。それじゃあ進むぞ」
そう考えたレウスの号令によって、彼が一番先頭に立ってドアの向こうへと足を進める。
そんな一行を待ち受けていたのは、思った通り大小様々な魔物達の大群だったのだ。
「うっわ、多いな……」
「来ますよ!!」
率直な感想を漏らしたエルザの横で、ティーナが身構えながら叫ぶ。
その叫び声に呼応するかの様に、魔物達が一斉にこの狭い通路の中で襲い掛かって来たのだ。
この瞬間、レウスは魔術のチョイスが間違っていた事を悟ってしまった。
(くそっ、こんな狭い場所じゃあ集団での戦いは無理だ!)
だったら、個人でも戦える戦法に切り替えれば良い。
咄嗟にそう判断したレウスは後ろのパーティーメンバーに向かって大声で「下がれ!」と命じ、一人で魔物の集団に向かって突っ込んで行く。
「レウス、何を……!?」
「うおおおおおおおおおっ!!」
魔物達の中心に突っ込んだレウスは、集中砲火を浴びる前に先程準備をしておいたクレイジー・アルカディアを発動する。
自分達に向かって来ていた格好の獲物に、我先にと殺到していた魔物達は防御や撤退をする暇も無く、その広範囲の攻撃魔術の餌食になってしまったのだ。
断末魔の絶叫が通路中に響き渡り、思わず耳を塞いでしまう一行の前で魔物達が次々に倒れて行き、声が全て収まった頃には魔物達の屍が通路に転がっていた。
……ただ一匹、通路を塞ぐ黒いドラゴンを除いては。