37.見ちゃったよね!?
その闇のオーラが消えるまでじっと待ってから、最後の必殺技「トワイライト・カルネージ」を発動する。
闇属性の魔術とほぼ同時期に失われたと言われている、闇属性の魔術に対抗するために生み出された、光属性の魔術。
闇のオーラを纏っていたさっきの魔術と違い、こっちの魔術は支援と補助が目的である。
レウスは同じく気を集中して、自分を中心に円形の魔法陣を生み出した範囲に光属性の魔力を展開し、まるで太陽の光が地面から湯気となって現れる様なエフェクトで発動する。
この魔力が湧き出す範囲に入った者は、傷も疲れも瞬く間に癒される広範囲の回復魔術なのだ。
更に体内の減った魔力も回復させてくれるので、魔術師にとっては夢の様な魔術である。
「ほう、貴様はそんな技をいとも簡単に使えるのか」
「!?」
魔術の発動を終えて光のオーラが消えたレウスの耳に、唐突に聞き覚えのある声が聞こえた。
その声のした方を見てみると、そこにはこちらも久々に会った様な気がするエルザとエドガーの親戚コンビの姿があった。
何でこの二人がこの場所に居るのか。いや、かなりまずい所を……それもよりにもよってこの二人に見られてしまうなんて。
今までずっと自分一人だと思っていたのに、久々の大技炸裂に集中していて気配に気がつかないとは何たる失態だ、とレウスは歯軋りをする。
「俺ですら見た事が無い技を幾つも使えるとはな。それなら、あのギローヴァスを倒したってのも頷けるぜ」
腕を組み、まるでいたずらのターゲットを見つけた子供の様にニヤニヤと笑みを浮かべるエドガーの横からエルザが歩み出て来る。
そんな彼女に向けて、レウスは自分が思っていた疑問を口に出す。
「何でここに居るんだよ……今日は休みだぞ?」
「今日は学院の代表としてこの学院長と一緒にセキュリティの体制を組み直していたんだ。その為に校内を見回っていたら、貴様がこの訓練場に向かって行くのが見えて、何をするか興味があったので後をつけて来たらさっきの大技を見る事になったんだ」
そこで言葉を区切ったエルザの目つきが、まるで獲物を狙う鷹の如く鋭いものに変わる。
「模擬戦で五人相手に勝った奴が居るとか、魔術の授業でケルベロスが怯えて相手にならなかったとかの貴様のクラスの話を学院の聞いていたのもそうだが、前々から何となく普通の人間では無い様な気がしていたんだ。……そしてそれは今、貴様が私にも出来ないレベルの技を色々と出していたのを見た事で確信に変わった」
そう言うと、エルザは腰からバトルアックスを右手で一本だけ引き抜いて、その先端をレウスに向ける。
「……さて、それでは聞かせて貰おうか。貴様は一体何者だ?」
ジリジリと近づいて来るエルザと、それを止めようともしない彼女の叔父のエドガーの様子を見る限り、ほぼ百パーセント疑いの目で見られているのは間違い無い、と確信するレウス。
例えこの二人に、正直に自分がアークトゥルスの生まれ変わりだと言ったとしても、鼻で笑われるか更に疑いの目を向けられるかの未来しか見えない。
「何者だって言われても……俺はレウス・アーヴィンだよ。それ以外の何者でも無い」
結局こう答えるしか無いのだが、やはり予想通りと言うべきかエルザの疑いの目を更に強めてしまう結果になるだけだった。
「……ほう、此の期に及んでまだシラを切るつもりか?」
「いや、シラを切るとか切らないとかそんなんじゃなくて、俺が嘘をついてどうするんだよ。俺が何か別の人間にでも見えるって言うのか?」
「ああ、少なくとも私……と、エドガー叔父さんにはそう見えるぞ」
「見えるのかよ。だとしたら悪いがその目は節穴だとしか思えない。大体さ、俺がさっきみたいな大技を幾つか身につけていたとして、それが何か学院に不利益でももたらすってのか?」
「そんな事は言っていない。ただ、私とエドガー叔父さんは貴様の本当の事が知りたい。何か私達に隠している事がある筈だ。そうでなければ五人相手に勝てるのはまだしも、ケルベロスが怯えて授業にならないなんて事にはならない筈だからな。ここまで言ってもまだ黙っていると言うのなら……」
そこで一旦言葉を切り、残っている左手でもう片方の斧を引き抜いて、レウスの首筋に二本の斧をクロスさせて突き付けるエルザ。
「本気で殺し合いも厭わない程の手合わせをして貰う事になるが、貴様はどうする?」
そう言われてレウスははあーっと息を吐いた。
「別にしても良いけど、俺が勝ったら別に話さなくても良いのか?」
「分かった。それならそうしよう。しかしもし私が貴様に勝ったら洗いざらい隠している事を全て話して貰うぞ。それに前にも約束したが、これでやっと貴様との手合わせが出来るからな」
「おいおい……あんまりがっつかれても困るんだけどな」
こうして、幾つかのデジャヴを感じつつレウスは再びエルザと手合わせをする羽目になってしまった。
しかしその時、訓練場の上空から奇妙な音が聞こえて来る。
レウスとエルザの事の成り行きを黙って見守っていたエドガーが、三人の中で一番最初にそれに気がついて空を見上げる。
「……お、おいっ、何だありゃあ!?」
エドガーの、茶色のグローブに包まれた指が差し示す先。
この屋外の訓練場の上に広がる昼下がりの空を、バッサバッサと大きな音を立てながら進んで来るそのシルエットは、トカゲの身体に翼が生えている大きな魔物の一種……ドラゴンがやって来るのが三人に見えた。




