1.五百十七年後の始まり
その衝撃の事実を認めざるを得なくなった時から、早十七年が過ぎていた。
彼はアーヴィン家の長男としてこの世に生まれ、レウスという名前を授かった。
前世の名前は覚えているものの、この名前で生まれたからには特に必要無いだろうと判断して心の奥底にしまい込んだ。
そしてここまでは普通の家庭で育ったレウスだが、やはり前世の戦士としての血が疼く……かと思いきや、どうやらそうでも無いらしい。
(何でだろう、武器を持たなくても良いってこんなに思ったのは初めてだ)
あんなに戦いに明け暮れていた前世の記憶を持って生まれた筈なのに、今は微塵も戦おうなんて思わない。
レウスは前世でそれだけ戦っていたからか、もう戦いには疲れてしまったのだ。
今だって、武器の代わりに木製の大きなカゴを持ってこうして薬草を摘みに近くの森に来ているのだから。
「お、これはなかなか珍しい薬草だな……」
今日は少しツイているかも知れない。
少しばかりの幸せを感じながら、せっせとこうして薬草を集めていたレウスがとんでもない事に巻き込まれてしまうのはこの後すぐだった。
(……ん?)
ガサガサと、何かが草木を掻き分けながらこっちに向かって来る音がレウスの耳に飛び込んで来た。
それも音からすると一つではなくて複数だ。
まさか魔物の類か? と思いつつ音の方を振り向いてみるが、そこには魔物では無く何と……。
「あれ、こっちじゃなかったかな?」
草木を掻き分けながらレウスの前に姿を現したのは、見るからに武装している出で立ちの青髪の女が率いている、女ばかりの集団だった。
だが、冒険者の類では無いことはすぐに分かった。
何故なら、揃いも揃ってその女達は黒いコートの胸に銅色のバッジを着けているからだ。
(あのバッジは確か、ここからかなり離れた王都にあるマウデル騎士学院の生徒の証だった筈……)
レウスの父親の知り合いが騎士学院で講師を務めているから彼にも分かったものの、そんな学院の生徒達が何故この場所に居るのだろうか?
首を傾げながらそう思っているレウスに気がついた、一行のリーダー格らしき青髪の女が彼に話し掛けて来た。
「あ、ねえちょっと貴方、悪いけど道を教えて貰えないかしら? 森から出られなくて困ってるのよ、お願い」
「あー、そうなのか。この森は案外広いから迷う人も結構居るんだよな。だったら一緒に着いて来て。これから俺も丁度町に帰る所だから」
「本当?それは助かるわ」
どうやら運悪く道に迷ってしまってこの森から出られなくなってしまったらしい一行を連れて、レウスは薬草満載のカゴを背負って店へと戻る事にした。
その道中で何故ここに居たのか、レウスは彼女達に色々と話を聞いてみる。
「へー、マウデル騎士学院の実地訓練で?」
「そうなのよ。普段は行かない場所で訓練をするって事になってね。私達のグループはここまで来たんだけど、慣れない場所だから道が分からなくなっちゃって。地元の人に出会えて良かったわ」
リーダー格の青髪の女は、騎士学院に通っている十八歳。
名前をアレット・レナールと言い、青のロングヘアーが特徴の学生だった。
この森にやって来たグループのリーダーを務めており、レウスの住んでいる町に戻る途中で道に迷ってしまったのだと言う。
しかし、もうすぐ日が暮れる。
となれば、この森をさっさと抜けなければならないと地元民のレウスは彼女達を急かす。
「少し急ごう。この森は結構広いし、夜になれば魔物も活発になるからな」
「うん、分かったわ」
騎士学院の生徒だけあって、流石に魔物の危険性は知っている様である。
それはそれで良いのだが、問題は彼女達がどれだけ戦えるかだ。
レウスはこの森に居る魔物の事は知り尽くしているが、地元の人間では無い彼女達には相手が悪い魔物も居る。
特に、ここの「ヌシ」と言われているあいつは……。
そう考えていたせいなのか、レウス達が森を抜けるすぐ手前にある広場に差し掛かった時だった。
「……下がれ!!」
レウスの声と同時、まるで待ち伏せでもしていたかの様に大きな蜘蛛が飛び出して来た。
それも一匹ではなく集団で、ザッと見た限りでも十匹は居る。
「なっ、魔物!?」
「ちょっと、かなり数が多いわよ!!」
アレットを始めとした騎士学院の生徒達も、それぞれ武器を構えて戦闘態勢を取った。
その殺気に反応した蜘蛛達が一斉に襲い掛かって来たのはその瞬間だ。
レウスも槍を構えてみるが、こんな奴等は何匹束になって向かって来ようが自分の相手では無い事が分かっているので、何処か気の抜けた構え方になっている。
(この俺に刃向かおうなんて、それこそ五百年早いんだよ)
魔術は使えないものの、その代わりレウスにはこれがある。
体内の魔力をこの槍に注入し、コォ……と言う音とともに闘気をみなぎらせてやれば槍の周りが魔力の光の薄い膜に包まれる。
「スラッシュブロー」
その声と同時に、レウスは魔力を込めた槍を横薙ぎに振るって衝撃波を飛ばす。
その衝撃波を受けた蜘蛛達は、あっという間に断末魔の声を上げながらバタバタと絶命していった。
(まあ、これ位の範囲攻撃は五百年前から戦っていた俺にとっては全然朝飯前なんだけどな)




