395.最後の頼み
「今回のドラゴンの討伐、エスヴァリークの皇帝として俺が自ら礼を言いたい。本当に感謝している……と本来ならば言えるんだがよぉ、今はあいにくそれ所じゃねえんだ」
「当然です陛下。今のこの状況はハッキリ言って異常事態ですから無理もございません」
ドラゴン討伐の経緯を一通り説明されたジェラルドだったが、その顔には喜びの表情は余り浮かんでいなかった。
むしろ今の状況がかなり酷いので、その復旧作業にこれから追われるのだと言う疲労感がありありと見える彼に対して地元民のセバクターがパーティーメンバーの先頭に立ち、執務室の椅子に座っているジェラルドをまっすぐに見据える。
二人の間にある木製の素材の良い机の上には、簡潔に纏められている今回の被害状況の報告書が山積みになっている。そして一番上の報告書を手に取ったジェラルドが、パーティーメンバー達に内容を見せつけながら被害状況について話し始める。
「これ見てくれ」
「これは?」
「フォンとニーヴァスから上がって来ている報告書の中の一枚なんだけどさ、これを見るだけでも頭が痛くてしょうがねえ。ユディソスの中にある美術館にまで結晶石を仕掛けられていて、貴重な展示品が台無しになってやがんだ。他にも食堂の中にあるテーブルの下とか、裏路地のゴミ箱の中とか、道端の花壇の土の中とか、廃墟で使われていない建物の中にでっけえ爆発の跡があったりだとか……本当にその獣人の野郎どもってなぁ容赦がねえみたいだな。これだけ万遍無く仕掛けて、何処を狙って何をしたかったのかを分かり難くするって事だったってやり方なのかも知れねえ」
「うーん、これだけ仕掛けているのは確かにそうでしょうね。町中が混乱すればする程、騎士団員も魔術師達もその対応に追われますし、ユディソスの住民だって混乱するし……そこを狙って混乱に乗じて逃げおおせたと言う事でしょう」
ユディソスの中を警備していた騎士団員達や住民達がその城下町の爆発を最初に聞いた後、城下町の至る所で爆発が起こってパニックになる。
その混乱に乗じてまずはフィランダー城の中に入り込み、地下牢獄で脱獄が起こったのだと説明をするジェラルドの元に、コンコンと扉がノックされてフォンとニーヴァスの二人が入って来た。
「失礼致します、陛下」
「おお、さっき調べる様に頼んでいた話はどうだった?」
「はい、やはりあの二人で間違い無い様ですね。城下町で次々と爆発が起こった後に、その報告だと言ってフィランダー城の中に入り込んだ獣人が二人居たと言う報告が、その時に警備をしていた騎士団員達から入っております」
「それがもしかして私達が姉様から……ティーナから聞いた白いライオンと黒い狼の二人組の話ですか?」
「そうだ。その二人組が上手く見張りの団員を騙して地下牢獄の中に侵入して、ソルイールの二人を脱獄させたんだ。しかもその後にこの城の中を……お前達も見たと思うが、壁や床を抉らせて騎士団員や魔術師達に負傷者と死者を出した挙句、お前達と一緒に居た屋敷の使用人のペーテルに見つかって逃げおおせてしまった……」
「それは間違い無く、私達の責任だ」
報告をするフォンに続き、ニーヴァスがやけに低いトーンで呟いた。
だが今は落ち込んでばかりもいられない。自分達がやるべきなのはこのユディソスの復旧作業と、その逃げた二人が何処に向かったのかを突き止めて再び捕まえる事である。
「お前達が戻って来てくれて助かった。だが、まだ安心するのは早い。お前達にもう一つだけ……これが多分俺からの最後の頼みになると思うんだが、その逃げた二人の行方を突き止めて欲しいんだ」
「ええっ、それって結構無茶じゃないですか?」
「それを承知で頼みたいんだよ、俺達はな」
「そうだ。陛下のおっしゃる通り俺達はその二人を何としても捕まえたい。だが情報が足りないから住民達から目撃証言を集めてくれ」
「私達は復旧作業の指示を出すので精一杯なんだ。だから頼む」
しかしそう言うジェラルドやフォン、そしてニーヴァスの気持ちは痛い程に分かるとしても今の状況では手掛かりがまるでゼロなのでどうしようも無いんだ、とエルザは顔をしかめる。
「分かりますけど、騎士団の方で何かその二人に関する情報ってありませんか? 騎士団の人達の話だけじゃあ何とも……」
「俺達も騎士団からはそれしか聞いていない。やっぱりその爆発で混乱が生じていたから、そんな二人の事なんて気にする余裕が無かったらしいからな」
「まあ、それもそうですよね……」
「だから俺達は復旧作業と今後の立て直しで一杯一杯だからよ、また頼まれてくれねえか?」
「分かり……ました」
ジェラルドの言い分を聞き、ドリスは一応納得する。
フィランダー城やユディソスの修復作業も追々進めて行くとなった所で、ジェラルドがパーティーメンバーが足りない事にようやく気が付いた。
「あれ? そういやあよぉ……レウスとアレットと金髪の女が居ねえな」
「あの二人ならアイクトースの町で現在療養中で、姉様は付き添いです」
「療養中? 何でまた?」
「このセバクターを治療していたんですよ。ほら、先程お話ししたファイナルカイザースラッシャーの影響がありましたので」
「ああ、その話か。それでティーナが付き添いで居るんだな」
「はい。それでは私達は情報収集に向かいます」
このエスヴァリークでの話は、もう少し続きそうである……。
セバクターを始めとするパーティーメンバーはそう考えながら、城下町へと繰り出して情報収集に向かった。




