380.四対一
この時点でクロヴィスもエドワルドも、それからユフリーもドゥルシラもこんな中年の男相手に負けるとは思っていなかった。
相手は完全に丸腰の中年の男だからである。
中でもクロヴィスは、先程自分がこの男に吹っ飛ばされたのはソルイールの二人の牢屋に目が行っていて、完全に油断していたからだと気合いを入れた上で二刀流の槍を構えている。
それに、この狭い監獄内の通路であれば突き攻撃だけで相手を仕留める事が出来ると思って先手必勝で槍を突き出した……のだが。
「……っ!?」
「伏せろ!!」
「ぐおっ!?」
槍を突き出した瞬間、男の姿が消えた。
いや、消えたのでは無く一瞬の内にクロヴィスの横に回り込んだのだと気が付いたエドワルドが叫んだが既に遅しで、腹部に強烈なミドルキックを食らって吹っ飛ばされるクロヴィス。
明らかに体格の違う相手が、こうも易々と吹っ飛ばされてしまうのだろうか?
「げほっ……は……」
「ちょ、ちょっと大丈夫? 回復魔術を……」
「後で良い!!」
回復魔術を掛けようとしたユフリーの手を払い除け、クロヴィスは再び槍を構えて男を見据えた。
「人間にしてはなかなかやるじゃねえかよ。だったらこっちも獣人として全力で行かせて貰うぜええっ!!」
人間相手に手加減していたつもりだったが、そっちがその気ならこっちも元々ライオンだった自分の身体能力をフルに発揮してぶっ殺してやるぜと意気込み、人間には見切れない程のスピードで地を蹴り一気に肉迫する。
しかし、それもこの男の前には無意味だった。
「遅い」
「がはあっ!?」
低い声が聞こえたかと思った次の瞬間には、クロヴィスの顔面に向かって男の右ストレートパンチが食い込んでいた。鼻血を出しながら吹っ飛ばされたクロヴィスはエドワルド達の元に背中から滑り込み、それを見た残りの三人が一気に襲い掛かって来た。
エドワルドがユフリーにナイフを渡し、ドゥルシラにもう一本のショートソードを渡して三人同時に斬り掛かって行く。
男はその三人の行動を見て、今のストレートパンチで吹っ飛んだクロヴィスが手放してしまった槍の一本を拾い上げて三人に対処する。
左から来るエドワルドのショートソードを受け、真ん中から来るユフリーのナイフを受け、右から来るドゥルシラのショートソードを受け、リズム良くブロックして受け流す男。
(こいつ……このスピードに反応してやがる!?)
(くっそ、全部ブロックされるなんてバケモンか!)
(何なの、この人!?)
通路の中に金属がぶつかり合う音が反響し、徐々に三人のパワーに押される男は後ろに下がって通路の端まで追いやられそうになって行く。
だが、男は攻撃の隙を見切った。
(そこだ!)
「うおっ!?」
「ぐは!」
「きゃああっ!!」
三人の足に向かって繰り出された男の槍が、その三人の足を払って一斉に転倒させる。
まさかの三人同時に攻撃して全部その攻撃を見切られてしまった上に、自分達が逆に倒されてしまったのが本当に信じられない。
唖然としながらも、この男を倒さなければここから脱出出来ないので再び立ち上がって男に向かう三人だが、その前に今度は男から三人の中に飛び込んで来た。
最初に真ん中に居るユフリーに向かって飛び込みながら前蹴りを繰り出し、彼女が後ろに向かって吹っ飛ぶ。
それを見たエドワルドとドゥルシラが人数差を活かして一気に男を抑え込もうとしたが、男はスルリとしゃがんで回避しつつ、まずはエドワルドの腹に肘を叩き込む。
「ごはっ!?」
腹に伝わる衝撃は、男の中肉中背の見た目よりかなり重かった。そこまでのパワーの衝撃はイメージしていなかったエドワルドは、後ろの牢屋の鉄格子に背中を強打する。
そのエドワルドの様子に対して振り返る事も無く、男はドゥルシラに対して頭突きを繰り出して先制攻撃。
頭突きはドゥルシラの胸に入り、衝撃で悶える彼に追撃で右ストレートパンチを繰り出した。
「ぐお!」
「がはああっ!!」
ストレートパンチを繰り出した右手をそのまま引く勢いで、今度は後ろに居るエドワルドの顔面に強烈な肘を叩き込んだ。
重い一撃を食らったエドワルドもクロヴィスと同じく鼻血を吹き出し、残ったユフリーに追撃をかましてとどめを刺そうとした……が、先に起き上がって来たのは最初にストレートパンチで吹っ飛ばしたクロヴィスだった。
「ぶっ殺してやらああっ!!」
もう手加減なんか一切しないとばかりに、自分の限界を超えているかも知れないスピードで男に向かって槍を突き出すクロヴィスだが、そのまっすぐな攻撃は相手に軌道を読まれやすかった。
「沈め」
「げはっ……」
身体を捻って槍を回避し、その突っ込んで来たままのスピードを殺し切れずにいるクロヴィスに向かって腕を横に突き出した男。
止まり切れなかったクロヴィスはその腕に向かって首から突っ込んでしまい、奇妙な声を上げながら空中で一回転して地面に叩き付けられた。
そのままピクリとも動かない様子だと、恐らく気絶してしまったのだろう……と思いつつ男が残った三人の方に目をやると、彼の目の前には一つの黒い物体が飛んで来ていた。




