35.久しぶりの父ゴーシュ
こうして、アンリから一通りの情報を聞いたレウスは彼に別れを告げて学院へと戻り、自室のベッドの上に倒れ込む。
(俺の身の回りで起こっているあの赤毛コンビ関連の出来事が、世界中を巻き込んでいるって事が分かって来たな……)
仰向け状態で枕の下に腕を入れ、天井についている黒ずんだシミを見つめつつ考え込むレウス。
結果的に自分は負けてしまったが、この騎士学院の中にあるドラゴンの身体の欠片を守り抜く事は出来た。
しかしあの二人が何時またやって来るかも分からないので、今度またやって来たら何としてでも捕まえて、何をしようとしているのかを吐かせなければならないだろう。
ややこしい事になって来た今の状況を振り返って、レウスの口から思わず舌打ちが漏れる。
アンリ曰く、自分に話した情報は既に騎士団長のギルベルトに話してあるので、いずれこの学院のメンバーにも伝わる筈だと話してくれた。
それにまた何か情報収集に進展があれば、また街中で出会った時に伝えてくれるのだとも別れ際にアンリは言っていたが、レウスの本音はあのヴェラルとヨハンナの二人がさっさと捕まってくれるのを願うばかりである。
しかし、自分に教えてくれた情報を黙って忘れて行くのも何だかもったいない気がするので、授業で使うノートの最後のページを開いて忘れない内に一心不乱に書き留め始めた。
◇
(ふう、こうして纏めてみるとあいつ等の行動理由を分析したり今まで何があったのかを見直すのに楽だな)
自分の手で書いて行くと、今まで思い込んでいた故の勘違いや新たな発見に気がつく事がある、と前世のアークトゥルス時代に教えられたレウスは、今まさにそれを実感していた。
気が付いてみれば昼を過ぎていたので、さっきアンリと出会った時に食べたパンの満腹感も切れたレウスは昼食を摂る為に学院の中にある食堂へと向かったのだが、そこで思い掛けない人物と出会った。
「あれっ、親父……!?」
「お、レウス。これから昼飯か?」
「ああ、そうだよ」
休日でも食堂は一応短縮時間で営業しているので、なかなかギリギリの時間で昼食となってしまったレウスの前に現れたのは、何だか懐かしい感じのする父のゴーシュだった。
「親父こそここで何やってるんだよ?」
「言っただろ、俺はここに定期的に荷物を届けに来るって。お前の着替えとかも持って来てやったのに、いざ来てみたらお前が居ないからビックリしちまったよ。何処行ってたんだ?」
「ああ、城下町を色々見て回って来てたんだ」
「そうか。まあそれだったら別に良いさ。今日は授業が休みだってエドガーの奴から聞いたから、城下町で久し振りに親子水入らずの時間を過ごせればと思ったんだがな……まあ、もう城下町に行って来たんだったら今日はもう出なくても良いか。授業はどうだ?」
「うん……まあ、悪くは無いかな」
非常に当たり障りの無い会話をするアーヴィン親子だが、考えてみれば親父も俺があの勇者アークトゥルスの生まれ変わりだって知らないんだよなー……と改めて思うレウス。
「そうか。元気そうで何よりだ。半ば無理やりにこの学院に入っちまった感じだから、いやいや受けているのかと思っていたがそうでも無いらしいな」
「いや、入学に関してはかなり強引だったよ。そもそも最初から覗きの疑いは掛けられるわ、それ以外にも授業の中で何故か俺がクラスの奴五人と戦う羽目になるわで、来て早々大変な事が立て続けに起こってんだよ」
「覗き云々の話は入学する前だろうが」
「そういう問題じゃねえよ! ってか何だよこの会話。それよりも親父、俺に渡したい物があるって言ってなかったか?」
「ああそうだった、そうだった。じゃあこれな。着替えと、お前の好きだったチョコのおやつと、他にも色々な物が入っているから」
ゴーシュから大きめの麻袋を受け取り、その重量感から中身が確かに沢山入っているのを身体で感じるレウス。
「他に必要な物は無いか?」
「今の所は別に無いよ。それよりも気になるんだけど、俺の学費ってどうなってんの? エドガーさんから学費云々の話が出てないから、もしかして親父が払ってくれてんのか?」
しかし、ゴーシュは首を横に振って否定する。
「いいや、俺も払っていない」
「え? じゃあ母さんが払ってるのか?」
「それも違う。そもそもこの学院に入学した生徒の学費や食堂の食事代、その他学院の運営費に関しては国の予算で賄われているんだ」
「あ、そうなのか。税金から?」
「そうだ。だから、その辺りに関してはお前が心配する事は何一つ無い。お前はこの学院を卒業する事に専念してくれれば良いんだ」
「俺は今すぐにでも退学して実家に帰りたいけどな……。とりあえず、これ以上何か問題が起こらない様になるべく目立たずに学院生活を送る事にするよ」
「それが良いかもな。それじゃ俺は帰る。また来るから、その時に何か必要な物があったら言ってくれ。その次に持って来るから」
「ああ、どうもありがとう」
ひらひらと手を振って去って行くゴーシュに宣言した通り、なるべく目立たない様に空気みたいな存在となって暮らす事に専念したいレウスは、まずはとりあえずこの重い荷物を抱えて部屋に戻る事にした。




