375.動き出すもう一つの計画
「へぇ……あんな技を習得しちゃったんだったら、ちょっとあのドラゴンも危ないかも知れないわね」
レウス達一行の動向を監視していたメイベルは、ファイナルカイザースラッシャーを発動したセバクターとその威力に驚きの表情を浮かべていた。
魔術の攻撃が役に立たない生物兵器である以上、物理攻撃であれだけのパワーを叩き付けられれば幾ら生物兵器と言えどもただでは済まないと思っていた。
(あの技が脅威になる前に、ここはディルク様に報告報告っと……)
ユディソスの路地裏でそう考えていたメイベルは、これはひとまず報告しておくべきだろうと魔晶石を取り出してカシュラーゼと通話を始める。
『……はい、私だが』
「カシュラーゼのドミンゴさんですか? 私です、ダウランド盗賊団のメイベルです」
『ああ、君か。どうしたんだ?』
「実は……」
メイベルがセバクターの必殺技の事を話し、このままあの男達を放置していたらまずいのでは無いかと言う事を伝えた。
それを魔晶石の向こう側で聞いていたドミンゴは、五秒程黙った後にメイベルの予想外の事を言い出した。
『いや、捨て置け』
「はい?」
『そのまま捨て置いて構わない』
「何でですか? ここであの必殺技を使う男を封じなければ、いずれはそちらのカシュラーゼの崩壊に繋がる可能性も……」
納得の行かないメイベルは自分の考えをドミンゴに話すが、彼女の言葉を途中で遮った魔晶石の向こうのドミンゴは彼女の意見を汲み取った上で自分の考えを話し始めた。
『確かにそうかも知れない。だが、私達が君達ダウランド盗賊団に頼んだ依頼内容を思い出してみろ』
「……ソルイール帝国の二人の奪還と、例のアークトゥルスの生まれ変わりと言われている男が率いているパーティーの監視……です」
『そうだ。君達にはソルイール帝国の二人を奪還する任務を与えているからそちらの方に集中して欲しいんだ。そもそもそれ以上の事をしろとは言っていないし、下手に向こうに手を出してこちらの計画が露見する様な事になれば計画を中止して撤退しなければならないだろう』
「し、しかし……」
『それにだ。そんな必殺技を一つ習得した所で何になるんだ? 元々こちらは実験としてあのドラゴンの生物兵器を生み出したんだ。いずれ何処かで朽ち果てるのは最初から予想済みだからな。それまでに今、こちらではエスヴァリークの被害状況も取り纏めている』
それを全て判断した上で、こちらはまだ監視を続けるだけに留めて本来の任務であるソルイール帝国の二人の奪還作戦を優先しろとのお達しがメイベルに下った。
それでも今、あの連中を潰しておけば良いだろうと納得出来ないメイベルだがここはしぶしぶ従うしか無かった。
もしここで自分の意見を押し通してしまえば、この先で自分の盗賊団は融通の利かない面倒臭い連中だと思われて依頼の数が激減するかも知れない。
カシュラーゼは世界中に影響を及ぼしている魔術王国だけに、自分が率いているレベルの盗賊団なら軽く潰す事も出来てしまうのだから。
「かしこまりました。ひとまず報告まで」
『ああ、分かった。君はあのアークトゥルスの生まれ変わりの監視を引き続き続けてくれ。それからそのドラゴンがもし倒されてしまった場合にはこちらにすぐに報告を頼む』
「はい。ソルイールの二人を連れ出してそちらに送り届けた後も監視は続けた方が良いですか?」
『いいや、監視はそれで終わりにしてくれ。ずっと監視を続けていたらいずれ向こうに君の存在がバレてもおかしくないだろうからな』
だが、その時魔晶石の向こう側から何やら話し声が聞こえて来た。
『……え、何ですって? ……はい、はい……えっ、それって気が早くは無いですか?』
(何を話しているのかしら?)
どうやらドミンゴと誰かが話している様なのだが、彼の声しか聞こえないのでドミンゴの会話の相手はメイベルには分からなかった。
だが、その相手の名前はドミンゴがメイベルに直接伝えてくれたのだ。
『失礼した。今のディルク様からの話なんだが、追加で一つ依頼をさせて貰いたいと思う』
「え、追加ですか?」
『そうだ。このエスヴァリークの南にアークトゥルスの墓があると言うのは有名だろう。アークトゥルスの生まれ変わりならば、もしかしたら自分の墓参りに行くかも知れない。その時にあの墓に対して何かのアクションを起こす可能性もある。だからそこに先回りして、奴等の行動を見張っていてくれないか?』
「えーっ? でもそれって先走りし過ぎじゃないですか? まだあの男達が墓参りをするって決まった訳では無いと思いますが」
『確かにそれはそうだろう。しかし、ディルク様はそのアークトゥルスの生まれ変わりに対してそう考えた上での依頼なんだ。だからソルイール帝国の二人の奪還が終わってここまで送り届けた後、奴等の行動を見張りつつ一緒に移動して、墓参りに行くって分かった段階で先回りをしてくれ』
「わ、分かりました……契約金とかのお話は……」
『それは奪還が成功してこちらに戻って来た場合に改めて話す。それでは頼んだぞ』
そこで一方的に通話を切られてしまい、良く分からないわね……とメイベルは溜め息を吐いた。
 




