370.肩透かしのタイミング
「なっ!?」
全く予期しないタイミングで魔術の攻撃がドラゴンに入り、レウスはバッと後ろを振り向く。
それは風属性の魔術の一つで、矢の様に鋭くて細長い衝撃波を飛ばす「ウィンドアロー」だったのだが、魔術がこのドラゴンに効果が無い事はパーティーメンバーの誰もが知っている筈だ。
なのにどうしてこのタイミングで、しかも効果の無い魔術の攻撃をするのかとパーティーメンバー達を見渡すが、そこで気が付いた異変はみな一様に唖然とした顔をしていた。
「ね、ねえ……誰? 今あの魔術を誰が放ったのよ?」
「いや、私じゃないぞ!?」
「わ、私でも無いわよ!!」
「俺も違う。俺はそもそも攻撃魔術は全然だからな」
「俺でもねーよ!?」
じゃあ一体誰がやったのか?
パーティーメンバーの誰でも無いとすれば、完全なる部外者がその魔術を発動した事になるので必ずこの近くにその原因である人物が居る筈だ、とレウス達は平原の全体に目を向けてみるが、所々に身を隠せそうな草むらや木々があるのでその人物の姿は見当たりそうに無かった。
それに、この一行が一番気に掛けなければならないのはその魔術を放った人物では無く、目の前でかなり不機嫌そうな唸り声を上げ始めたこの……。
「……まずい、全員下がれっ!!」
「くっ!!」
セバクターの一言で全員が一気に、その起き上がったドラゴンから距離を取りつつ武器を構える。
グルルゥ……と喉を鳴らしながらのっそりと起き上がったドラゴンに対し、ここは先手必勝とばかりにドリスがハルバードで斬り掛かって行く。
しかし、それを首を振って軽く反撃するドラゴン。
「うわあっ!?」
「くっ……下がりなさいドリス!!」
「う、うん!!」
間一髪の所で反撃を回避したドリスは素早く一行の元へ戻るものの、散開して自分を取り囲み物理攻撃を加えようとするレウス達に対してドラゴンは尻尾を振り回したり、鋭い爪で引き裂こうとしたり、空に飛び上がって突風を起こしたりとやりたい放題である。
これが魔術が通用すればあのマウデル騎士学院の時と同じ様に、仲間にドラゴンを引き付けて貰ってその間に詠唱を終えて一気に叩き潰せるかも知れないのに……とレウスはギリッと歯軋りをする。
(くそっ、ディルクとか言うあの男……やっぱりイカれてやがる!!)
こんな生物兵器を生み出したなんてあの男の魔術の才能には計り知れないものがあるなと思いつつも、起こして暴れ出してしまったからにはここで討伐しなければならないのだ。
「ふむふむ……なかなか立ち回りが良いわねー」
その暴れ出してしまったドラゴンに懸命に立ち向かうレウス達一行を遠目に見ながら、先程のウィンドアローをドラゴンに向かって飛ばした張本人のメイベルは、立ち膝の状態で草むらの陰から一行の戦いを分析していた。
自分も盗賊団の女リーダーとして常に心掛けているのは、部下を纏めるに当たって必要な統率力を維持する事である。
だが、従わせるよりも慕わせるのがどれだけ難しいかも分かっているので、己の経験から考えたレウス達の動きは何となくバラバラであった。
(まだ連携が余り取れていない気がするわね。確かカシュラーゼからの情報によれば、ソルイールの捕まっちゃった二人からの報告にあった様に今回のここのエスヴァリーク武術大会で決勝トーナメントに進出した八人らしいから、即席のメンバーって感じだし)
しかし、その一方で気になる話も聞いている。
(でも、あの金髪とオレンジ色の髪の姉妹を除いた六人は前々からの付き合いらしいから、そこは連携が取れているのかしらね。もう少し様子を見てみましょうか)
盗賊団はチームプレイが重要なので、自分の部下にはくれぐれも仲間同士でトラブルを起こさない様に……と口を酸っぱくして日頃から言っているだけあって、自分で言うのも何だがなかなかの連携が取れていると思っている。
ここであの連中が倒されてしまうならそれまでの実力でしか無かったと言う事だが、その場合でもあのアークトゥルスの生まれ変わりとされている金髪の男だけは亡骸を運んでカシュラーゼのディルクの元に運ぼうかと考えている。
(まぁ、ひとまず今は高みの見物よね。アークトゥルスの生まれ変わりの実力がどの程度なのか、しっかり見せて貰うわよ)
草むらの陰から要らない期待をされているレウス達は、ドラゴンのすさまじい攻撃を回避しながらそれぞれが尻尾や胴体、前足等に攻撃を繰り返す。
一匹に対して八人が相手だし、アレットは回復と攻撃力強化の魔術を掛けてくれるのに徹しているのだが、ドラゴンも攻撃力が高いだけでなく耐久力も高いのかなかなか倒れてくれそうに無いのだ。
(くっそ、誰だよさっきの攻撃した奴は!? 肩透かしのタイミングであんなのぶち当てやがってよぉ!!)
イライラが募りながらもハルバードを振り回して攻撃を当てて行くサィードだが、なかなか倒れてくれそうに無いその苛立ちから段々と狙いがズレ、体力も消耗する。
それに気が付いたのか、あるいは攻撃力が高い部類のサィードにドラゴンの方も腹が立ったのか、ドラゴンは思いっ切り尻尾を振り回した。
「サィード、危ない!!」
「えっ……ぐおっ!?」
アレットの声が聞こえたか聞こえないかのタイミングで、サィードはガツンと言う音と共に大きく横に弾き飛ばされた。