353.異変
「……!?」
この女には、レウスがアークトゥルスの生まれ変わりだと言うのは話していない筈だ。
自分達が今までレウス達と旅をして来たと言うのを、さっきの夕食の時間にそれと無く話した記憶はある。
だがカシュラーゼで揉めている事や自分達がマウデル騎士学院を出なければならなくなった誘拐の事については、余りペラペラと大っぴらに話すと面倒な事になるだろうと思ってなるべくぼかして話した筈だ。
それが今、彼女はハッキリと「アークトゥルスの生まれ変わりと一緒に旅をして来た」と言い切ったのだ。
「な、何でそれを知っているの……?」
「知っているに決まっているじゃない。私達の敵の事はしっかりとこっちはリサーチしているのよ。ソルイールで皇帝を相手に問題を起こしたってのも知っているし、イーディクトでドラゴンの生物兵器を討伐したって言うのもさっき食事の時にペラペラ喋ってくれたし、本当にちょろいわよね」
自分達の身体に起こっている異変。それの原因がこの目の前に居るユフリーだと思うと、アレットは腹が立って仕方が無かった。
しかしそれと同時に、彼女に対しての疑問がもう一つ浮かび上がって来る。
「……で、でもどうして貴女はそうやって魔術防壁が使えるのよ!?」
「簡単な事よ。魔術が使えない様にする薬があれば、その薬の効果を無くす薬もあるの。魔術師のくせにそんな事も分からないんじゃあ、まだまだひよっこよねー」
あからさまに馬鹿にした態度を取るユフリーは、ぐりぐりとアレットの顔面を踏み潰しながら楽しそうに続ける。
「食事の前にその薬を飲んでおけば、同じ物を食べたってこうやって魔術が使えるのよ。残念でした」
「い……いたああい!!」
心の底から楽しそうに講釈をしながら、ユフリーはアレットの顔を踏む足に力を入れる。そうするとミシミシ……と言う、アレットにとっては激痛でユフリーにとっては心地良い音が響く。
しかしその後ろで、ズルズルと何かの音が聞こえた。
「こ……この……!!」
「なぁんだ、しぶといわね。貴女はそこで大人しく転がって死んでいれば良いのよ!」
激痛に耐えて脂汗を流しながら、床を這ってユフリーの足を掴むエルザ。
あいにく様子を見に来ただけなので丸腰なのだが、それでも素手で出来る限りの抵抗はしておきたかった。
そんな彼女を冷たい目で見下ろしてから、ユフリーはその右手を足を振るって払い飛ばし、エルザの顔面を踏みつけて気絶させた。
「じゃ、私はまだ実験の続きをしなくちゃね」
そう言いつつリビングの方に目をやった彼女が見たものは、既にロングソードを構えて臨戦態勢を取っているセバクターと、ハルバードを構えつつわなわなと怒りで身体が震えているサィードだった。
「あら、遅かったじゃない」
「お前……一体何なんだよユフリー!!」
既に「ちゃん」付けで呼ぶのを止めたサィードが怒声交じりにそう問うものの、二人に対しても銃口を向けたまま余裕の表情を崩さないユフリー。
「何なんだって……この状況を見て分からないのかしら? 非常事態に決まっているじゃない」
「お前、頭がおかしいんじゃないのか?」
「ふふん、それはそうかも知れないわね。でも大丈夫。貴女達はこれから私にじわじわとここで殺されちゃうのよ。そしてその実験結果をディルク様の所に持って行くの。そうすればお金も沢山貰えるし、何より私の評価も上がるわ~」
「ふっざけやがってこのイカれ女! おいセバクター、やるぞぐあっ!?」
先手を打たれた。
セバクターに対して気合いを入れる為にそう呼び掛けた筈のサィードが、一瞬だけ目を離した瞬間に先手を打たれて腹を撃たれたのだ。
そして腹を撃たれて悶絶している所に、今度は左足目掛けて銃弾を撃ち込まれて完全に片膝をついてしまった。
「これだから脳まで筋肉の男は単純なのよね。戦場だと油断は禁物よ? そうやってペラペラ喋って敵から目を逸らすなんて、攻撃して下さいって言っている様なものじゃない」
馬鹿にした態度で銃口を向け続けるユフリーに対し、セバクターは一瞬の隙を突いて彼女の死角に回り込む。
だが、ユフリーは一直線に前に向かって飛んで床を転がり、セバクターのロングソードから逃れつつサィードの頭に銃口を突き付けた。
「それ以上動かない方が良いわよ。そこから一歩でも動いたらこの男の脳天に風穴が開く事になるからね!!」
「くっ……」
「それが分かったなら武器を捨てて。三つ数える内に捨てない場合も同じ様に風穴が開く事になるわ」
回復魔術も魔術防壁も使用不可能の状態で、相手だけ魔術が使える最悪のパターン。しかも飛び道具まで持っているのでここは素直に彼女の言う事に従うしか無い、とセバクターはロングソードを放り投げた。
……ユフリーの方に。
「……えっ!?」
「サィード!!」
咄嗟に魔術防壁を今より大きく展開し、何とか飛んで来るロングソードを防御しきったユフリー。
その隙を突いたセバクターがそう叫べば、呻き声を上げて悶絶していたセバクターが渾身の力でユフリーを全身で抑え込んだ。
「このアマっ、大人しくしろっ!! おいセバクター、手伝え!」
セバクターにも協力を要請し、二人掛かりでユフリーを床に抑え込む。
しかし、そんな状況でもユフリーに焦りの色は見られない。
「大人しくするのは貴方の方よ」
「んだとぉ!?」
ユフリーが意味深なセリフを呟いたその瞬間、ガシャーン!! と派手な音を立ててリビングの窓ガラスが割られた。